特集2019.04

職場の防災・減災を進めよう被災者が尊厳ある暮らしを送るために
人道支援の国際基準「スフィア基準」を知る

2019/04/12
人道支援の国際基準である「スフィア基準」。熊本地震後に取り上げられ、日本の避難所のあり方に一石を投じた。この基準を知ることで何を学べるのだろうか。NPO法人日本ファーストエイドソサェティ代表理事の岡野谷純さんに聞いた。
岡野 谷純 NPO法人日本ファーストエイドソサェティ代表理事

支援の質と説明責任の基準

「スフィア基準」という言葉をご存じだろうか。熊本地震の後、メディアでも取り上げられ、一躍その存在が知られるようになった。

スフィア基準は、人道支援における原則と行動指針を示し、支援現場で必要とされる技術的な基準や参考情報を取りまとめたものだ。

国際機関やNGOなどは相次ぐ自然災害や紛争に対応してきた。その中で支援の質(クオリティー)と説明責任(アカウンタビリティー)に関する国際基準が生まれてきた。その一つがスフィア基準だ。

「ルワンダ大虐殺」(1994年)の2年後の1996年、国連と人道支援を行うNGO、国際赤十字・赤新月社などが集まり、支援の質に関する合同評価を実施した。その反省から、翌1997年に「スフィア・プロジェクト」を立ち上げ、支援団体間で共有するための「基準」を検討し、成果として「スフィア・ハンドブック」第1版を2000年に公表した。その後、2004年に第2版、2011年に第3版が発行された。昨年第4版が発行され、現在、日本語訳の作業が進められている。

「スフィア・ハンドブック」2011年版

「スフィア基準」の概要

スフィア・ハンドブックは次の順番で構成されている。「人道憲章」「権利保護の原則」「コア基準」「技術的各章」の順だ。その概要を見てみよう。

まず「人道憲章」で倫理的・法的な原則を確認する。人道憲章には、「すべての被災者は、尊厳のある生活を営む権利があり、そのために人道支援を受ける権利がある」と明記されている。そして、その支援を安全に受けるために保護され配慮される必要もあることを大原則として掲げている。

次の「権利保護の原則」では、暴力や抑圧の脅威に直面した人々を人道機関が保護することで、さらなる危害にさらさないことなど、支援者の心得についても述べられている。

次章「コア基準」では、(1)人々を中心とした人道対応(2)調整と協働(3)事前評価(4)設計と対応(5)成果、透明性と学習、(6)援助職員の成果─という、支援プログラム全体を適切に実現するために必要な基準がまとめられている。2018年版ではさらに見やすく、また個人と組織の役割を明示したスタイルに変更された。

「技術的各章」には、給水や衛生、食料、避難所、保健─に関する最低基準が列記されている。各基準は、基準本文と、具体的な基本行動、基本指標やガイダンスノート、付記で構成される。

さらに「領域横断テーマ」には、どの章にも必須となる、子どもや高齢者、障害者などへの対応が記述されている。

数字だけに捉われない

「スフィア基準」が日本国内で知られるようになったのは、2016年4月に内閣府が発行した「避難所運営ガイドライン」が、スフィア・ハンドブックを参考にすべき国際基準として掲げたこと。同時に同じ月に熊本地震が発生し、メディアが本書を取り上げたことも大きい。

メディアでは、「トイレは20人に一つ以上」「トイレの男女比は1:3」「1人当たり3.5平方メートルを超える居住空間」が必要というように、ガイダンスノートや付記に掲載されている数値ばかりが「スフィア基準」として報道された。そのため、数値をクリアすることが必要と勘違いする人も多く、一番重要な「人道支援の原則」としての基準が伝わらないという事態が起きた。

こうした報道のあり方に疑問を投げ掛けるのが、「スフィア基準」に関する研修を全国で手掛けている岡野谷純さんだ。岡野谷さんは国際基準に準拠した救急蘇生法や災害支援の方法を普及するNPO法人日本ファーストエイドソサェティの代表理事であり、医学博士だ。

岡野谷さんは、「これらの数値はスフィア基準そのものではありません」と強調する。例えば「トイレの男女比は1:3」という数字は確かに「水と衛生」基準の一つ、「し尿処理基準:2」のガイダンスノートに記載されている。しかし、その上位にある「基準」は、「人々は住居の近くに、昼夜を問わずいつでも安心・安全に使用できる、十分な数の適切かつ受け入れられるトイレ設備を有している」であり、数値の記載はない。

基本行動も、「設置場所やデザインについて、すべての利用者(特に女性や移動に不自由のある人)に意見を求め、賛同を得ている」など、支援者が実施すべき具体的な行動が掲げられているが数値は出てこない。数値はそのあとに、論文等のデータから得たアドバイスとして掲げられているのだそうだ。

「スフィアの基準は大きな質的概念であり、達成すべき最低レベルです。数値をクリアすることに捉われず、人々の状況に合わせて適切な対応を取るのが大切です」と岡野谷さんは訴える。

「災害救援の課題は常に変わります。阪神・淡路大震災でも、東日本大震災でも、熊本地震でも、異なる課題がありました。このように地域や災害の種類によって求められる支援のあり方は変わります。ハンドブックもすべての災害に対応しているわけではありません。大切なのは、改善を重ねることです」と訴える。スフィア基準は定期的に見直され、改訂されてきた。被災状況に合わせて柔軟に対応することは、災害救援の現場でも重要だ。

「日本の避難所のあり方を劣悪だと批判する人もいますが、そもそも避難所が存在することがまず重要です。その上で、どこを改善すれば良くなるのを、皆で具体的に考える必要があります」

「例えば、高齢者や障害者のために避難所にスロープを設置するとか、子どもが遊べる場を確保する、段ボールベッドで占有空間を広くするなど、課題を基準に照らし合わせることで、避難所の環境を改善できるのです」と岡野谷さん。

実はスフィア・ハンドブックには、基準を満たせない場合に、どのように対処すべきかについても明記されている。なぜそれが実現できないかを報告書にまとめ、指標と現実のギャップ、その悪影響を明示し、課題を解決する努力をするよう促している。基準を満たすことはできなくても一歩ずつ改善することが重要だ。

「スフィア基準」を生かす

では、一市民として「スフィア基準」をどう活用すべきだろうか。岡野谷さんはこう話す。

「スフィア基準は、被災者が尊厳ある生活を送るための支援基準です。ですからスフィア基準を学ぶことで、自分たちがどのような支援を受けられるのかを知ることができますし、自らも参画することで、支援の質の向上を求めることができます」

災害の起こっていない今、自分の住む自治体の地域防災計画や避難所マニュアルをスフィア基準と照らし合わせてみるのもいいだろう。

一方、「支援する側の人々も、支援者だからこそ持つ『力』を、適切に行使する方法を学ぶ必要があります。本当に被災者のニーズに合った支援ができているのか、かえって危害を加えていないか、基準を参照しながら常に振り返り、改善することが大切です」と岡野谷さんは続ける。

岡野谷さんも所属する「支援の質とアカウンタビリティ向上ネットワーク(JQAN)」では、スフィア基準に関する講習を全国で展開している。

支援を受ける側も、支援する側も、スフィア基準を知ることで、より質の高い人道支援を追求することができる。『スフィア・ハンドブック2011年版(日本語版)』は、NPO法人難民支援協会のホームページから閲覧できる。ぜひチェックしてほしい。

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