職場の防災・減災を進めようジェンダー、ダイバーシティの観点から防災と減災を考える
共同代表・プロジェクトコーディネーター
早稲田大学「地域社会と危機管理研究所」
招聘研究員・大学非常勤講師
ケアの観点からの防災
大規模災害の被害は、人々に平等にやってくるわけではありません。東日本大震災では犠牲者の65.8%が60歳以上の高齢者で、障害者の死亡率は健常者の2倍以上に上るという調査結果もありました。西日本豪雨でも犠牲者のうち約8割が65歳以上でした。
内閣府が実施した調査では、東日本大震災の際に「ひとりで避難した」人の割合は、男性が29.2%の一方、女性は13.1%。「数名でまとまって避難した」割合は女性の方が高いという結果でした(グラフ)。
平日昼の時間帯に地域にいるのは高齢者や子ども、女性です。同時に高齢者や障害者、乳幼児などの配慮が必要な人は、ケアする人と一緒に生活しています。そのため災害時にはケアする人の知識や対応力も問われます。
良いことではありませんが、現状ではケアする人の多くは女性です。そのため、女性は災害時に弱い立場に置かれがちですが、だからこそ、女性の声を防災に反映させたり、女性が防災リーダーとなっていく必要があります。同様に当事者の声を反映させるという観点から、高齢者や障害者などの視点を防災に生かすことが求められています。
性別・立場によって異なる困難
過去の大規模災害では、災害後の環境悪化によって災害関連死に認定された人が多くいます。東日本大震災では3000人以上が認定されており、熊本地震でも200人以上が認定されています。熊本地震の場合、災害関連死に認定された人数は直接死した人の4倍に上ります。
背景の一つとして、避難先の生活環境が悪かったことが挙げられます。東日本大震災の災害関連死では、避難生活での肉体的・精神的理由が原因の約半数を占めました。加えて、東日本大震災では避難支援が必要だった人で、避難所などに避難した人のうち避難先で病気にかかったり、症状が悪化したりした人は50%に及びました。一方、避難支援が必要だった人で、避難できたけれど、しなかったという人も4分の1ほどいました。その理由を見ると、「設備や環境の問題から避難所では生活できない」と考えた人や、「他の避難者も多く、避難所にいづらい」と感じた人が半数に及びました。
例えば、赤ちゃんが夜泣きするから避難所にいづらいとか、認知症の高齢者を避難所に連れていけないとか、避難所にいづらい理由はさまざまですが、総じて、困難を抱えている人ほど避難所にいづらいという現実があります。
また避難所にいないと必要な支援を受けられないという問題もあります。避難所の劣悪な環境を避けて、自宅などで生活を続けても、大規模災害で長期にわたり物資が滞ればすぐに底をついてしまいます。行政は避難所以外の状況を把握することが困難なため、こうした人々が結果として支援から切り捨てられる傾向にあります。
特に要介護者の高齢者や障害者、乳幼児、外国人といった「要配慮者」と言われる人たちは集団生活が難しく、避難所以外の場所での生活を余儀なくされている人が多くいます。仮に、首都直下地震が起き、エレベーターが止まったりすれば高層マンションなどで孤独死する高齢者も出るかもしれません。もっとも避難所も感染症のリスクやプライバシーの問題などもあるため、在宅避難が可能なら、その方がいい場合もあります。従って要配慮者の声を避難所運営や在宅避難者支援に生かすために、防災分野への女性や高齢者・障害者などの参画を進めていく必要があります。
特に女性が直面する困難
大災害時の女性の困難は多岐にわたります。例えば、水洗トイレが使えなくなると、トイレの回数を減らそうとして水分補給を控える女性が増えます。その結果、血中濃度の上昇を要因としたエコノミー症候群で亡くなる人が出てしまうのです。女性は泌尿器の形態から、災害時に衛生状態が悪化すると膣炎や膀胱炎になることもあります。
また、避難所運営や救援物資の管理を家庭のマネジメントをしたことがない男性だけで担っていたら、どうでしょう。女性は生理用品などを受け取りに行きづらいですし、子どものアレルギーのような個別の事情を伝えづらいでしょう。育児や介護、安全面の不安などについて女性が意思を伝えづらいと、高齢者や子どもたちの状況が悪化してしまうのです。
災害発生後のDVや性暴力の問題もあります。DVは、もともとDVやその傾向がある場合、災害による環境の悪化などによってエスカレートするというケースが多いようです。避難所でのプライバシーのない環境や暴力防止対策の不備、相談体制の不足などから性暴力やハラスメントが実際に起きています。
平時の性別役割分業と災害
災害時には平時にある構造的な問題が一気に噴き出します。性別役割分業もその一つです。平時には、仕事と育児・家事を何とか両立させていても、災害が起きて保育所が休園し、やむを得ず家族の世話で仕事を休んで収入が激減したり、仕事を辞めざるを得なくなるケースも出ています。特に女性でその傾向が強まりますが、男性が働きながら一人で育児・介護を担っている場合も、同じような状況になる可能性があります。家族の世話で会社に戻るのが遅くなり、降格された女性管理職の例もあります。多くの医療や介護関係者が出勤できない事態も想定されます。そうなれば傷病者の治療や高齢者のケアが難しくなるでしょう。
平時からの対策が不可欠
このような問題は阪神・淡路大震災から二十数年間がたっても対策が進んだとは言えない状況に見えます。それは防災対策のほとんどが男性だけで決められてきたということも影響しているでしょう。防災の専門家も男性が多く、その内容も建築物の構造や土砂災害防止などのハード面に偏ってきました。自治体の危機管理部門や災害対策本部にも女性はわずかしかいません。避難所運営や復興協議への参画も責任者や委員は大半が男性で、女性や障害者などの参画はまだまだ不十分です。
こうした状態を変えるためには、女性や高齢者、障害者などの声をもっと反映させる必要があります。そのために女性リーダーを育成したり、防災組織や避難所運営、そして企業の防災対策においても女性参画をさらに進めたりしなければなりません。
そうした声が反映されれば、誰にとってもより質の高いケアや効果的な救援が提供されるようになります。多様な人材の参画は被災者支援の質の向上というメリットがあります。災害対策に女性や高齢者、障害者などの参画と暮らしの視点を加えることで、拡大する被害を大幅に軽減することができるのです。
そのためには、男女共同参画やDVなどの暴力防止と支援、多文化共生への理解などを平時から進めておくことが不可欠です。それが災害に強い社会づくりにつながります。平時にできないことは災害時にもうまくいきません。平時からの取り組みが大切です。