特集2020.04

どこが問題?雇用によらない働き方「雇用によらない働き方」と労働法
多様化する働き方に労働法はどう対応できるか

2020/04/15
「雇用によらない働き方」は、労働法の中でどのように位置付けられるだろうか。労働法の歴史をひもときながら、今後のあり方を考える。
原 昌登 成蹊大学教授

労働法の誕生と移り変わり

労働法の形成にかかわるキーワードは市民革命と産業革命の二つの「革命」です。市民革命によって、それまでの古い秩序が壊され、個人の自由とそれに基づく契約社会が生まれました。一方で産業革命によって工業化が進み、劣悪な労働環境も出てきました。

労働法はこうした時代背景の中で生まれました。弱い立場に置かれた労働者を保護するために、労働時間などに最低基準を設ける一方、労働組合を法的に容認し、使用者との交渉を認めるようになりました。これが19世紀の労働法の主な動きです。

労働法は、工場労働をモデルにつくられました。工場労働は、労働者が同じ時間、同じ場所で、指示に従いながら同じように働くというもの。働き方が画一的なので、労働法による規制も画一的なもので十分でした。

その後、労働法は1930年代以降、経済成長と結び付いて発展します。労働者を労働法で保護することで、労働者が消費にお金を使い、経済成長を支えるという好循環が生まれました。特に社会保障を含めて労働者保護が発展したことが経済成長につながりました。

しかし、1970年代以降、産業構造の変化などを背景に労働法は大きな変化を迫られます。具体的には、労働法の個別化です。それまでの労働法は均質的な集団を保護していれば足りましたが、産業構造の変化によってパートタイム労働者や女性労働者が増加し、それらの労働者を保護するための個別的なルールの整備が求められるようになりました。日本でもパートタイム労働法や男女雇用機会均等法がつくられました。労働基準法だけではカバーできない部分が出てきたということです。

ICTの発展と働き方

請負など「雇用によらない働き方」は以前からありました。しかし近年はICT化が進み、工場やオフィス以外でも仕事ができるようになりました。加えて、個人と事業者がインターネットを通じて簡単に結び付くようになり、マッチングも容易になりました。雇用に縛られず働きたいというニーズも一定数あります。「雇用によらない働き方」が活発に議論される背景にはこうした変化もあります。

この問題を議論する際、注意したい前提があります。一つは、実態は雇用労働者なのに形式だけ業務委託にされ、本来受けられる労働法の保護を受けられない労働者が一定数存在するということ。業務委託契約を脱法的に用いて、社会保険料をはじめとした事業者の負担を減らそうとする動きがあることは否定できません。

もう一つは、形式も実態も請負労働者で、その意味で法律違反は生じていないものの、既存の労働法や経済法の隙間に落ちてしまって適切な保護を受けられない人が増えていることです。

労働者の判断枠組み

こうした変化に対して、どのようなアプローチがあるでしょうか。厚生労働省の有識者会議が2018年に報告書をまとめたのに続いて、論点整理に関する検討会が行われています。現状では結論は出ておらず、論点を詳細に検討している段階です。

法的論点として挙げられている項目の中で、特に次の四つが重要と思われます。

一つ目は、契約条件明示のあり方です。非雇用の分野では、契約書を交わさない契約も多く、トラブルの元になっています。二つ目は、事業者と働きたい人を結び付ける「プラットフォーマー」の位置付け。三つ目は、報酬額のあり方。四つ目は労働時間規制のあり方です。

これらの問題を既存の労働法の枠に取り込んで解決するのか、それとも、新しいルールをつくって対応するのかが議論されています。

これまでの労働法の考え方は、労働基準法であっても、労働組合法であっても、「労働者」を保護するというものでした。この場合、法律上の労働者に当てはまれば保護されますが、当てはまらないと一切保護されないという問題があります。

特に労働基準法や労働契約法では労働者の判断枠組みが厳しく捉えられます。なぜかというと、使用者として事業者に生じる責任が大きいからです。逆に、事業者に生じる責任がそこまで大きくなければ、労働者の範囲を広げる判断もあり得るわけです。実際、労働組合法上の労働者が労働基準法上の労働者より広く捉えられるのもこうした理由です。

これからは、「労働者とは誰か」という定義だけではなく、「どのような保護が必要なのか」という観点から考えてみてもいいかもしれません。

第三の類型の検討

既存の労働法の枠内で保護されるべき人たちが、適切な保護を受けられない問題に関しては、まず法律通りに保護を受けられるようにすることが第一です。

労働法は実態で見ます。契約の形式だけ請負や業務委託にすれば労働者に当てはまらないという考えは誤りです。事業者が正しい知識を持つことが大切です。また、労働組合に加入して事業者に交渉を求めることも重要でしょう。

もう一つの問題は、現在の枠組みでは労働者と認められない人たちをどうフォローするかです。労働法の範囲を広げるのか。もしくは労働者とは別の類型で保護するのか。独占禁止法のような経済法の枠組みで保護するのか。労働法と経済法の合わせ技でフォローするのか。検討すべきさまざまな課題があります。

労働基準法の範囲を広げる際には、医療や年金のような社会保障も課題になりそうです。一方、既存の労働法に入れ込むとしても、それには限界があります。労働者とは別の類型を設けて保護している国もあります。どのような保護が必要なのか議論を深める必要があります。

労働法の意義

労働法が生まれた時には想定していなかった働き方が、時代の変化とともに広がっています。工場労働をモデルにしたままの規制のあり方では、多様な働き方に対応しきれないのは当然です。労働者の定義には、時間的・場所的拘束性があることが要素として含まれていますが、こうした判断枠組みも時代とともに変わっていくべきでしょう。

労働者は生身の人間です。その日の労働力はその日のうちにしか売ることができず、弱い立場に置かれてしまうという本質は変わりません。時代が変わっても、弱い立場の労働者を守るという労働法の本質は変わりません。

その意味では、「フリーランス」と呼ばれる働き方が本当に自由なのかという視点もあるはずです。契約のために無理して働かざるを得なかったり、病気やけがの際の保障がなかったり、自由なはずのフリーランスが雇用労働者以上に従属せざるを得ない側面もあります。言葉のイメージだけではなく、実態が正しく反映されているかどうか。また、その実態を把握して必要な保護策を講じることが大切ではないでしょうか。

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