特集2020.04

どこが問題?雇用によらない働き方なぜ今、副業・兼業か
ずれる政府の建前と現実

2020/04/15
なぜ今、副業・兼業が取り沙汰されるのか。政策意図と現実のズレはないか。背景にある狙いとは何か。働く人の視点からはどのような問題が浮かび上がるのか。識者に聞いた。
山崎 憲 明治大学経営学部
准教授

なぜ副業・兼業か

今、なぜ副業・兼業が取り沙汰されているのでしょうか。

日本における副業・兼業は、AIや高度IT人材の不足という文脈から取り上げられています。

政府は、2030年に「先端IT人材」が55万人不足すると予測。その不足を副業・兼業で補おうとしています。実際、政府の統合イノベーション戦略推進会議では、不足する高度IT人材の充足策として、副業・兼業を挙げています。

政府は、IT人材を「ハイエンド」「ミドルスキル」「ロースキル」の三つに分類。このうち「ハイエンド」「ミドルスキル」以上の育成に高い関心を払っています。政府の戦略の主眼は、IT人材の競争で他国に後れを取らないこと。そのために、「ミドルスキル」以上の人材のリカレント教育などに力を入れようとしています。

しかし、その一方で、「ロースキル」の人たちへの対策をどうするかは、ほとんど議論されていません。高度IT人材の不足に対処することは間違っているとは思いませんが、人口の多いボリュームゾーンである「ロースキル」への対策がないことは大きな問題です。

日本では副業・兼業が高度IT人材の不足という観点で語られていることにまず注目する必要があります。

副業・兼業のデメリット

一方、世界的には副業・兼業は、細切れ雇用の問題として認識されています。例えばアメリカでは、ウォルマートが労働時間を短くすることで社会保険の適用をすり抜けることが批判されたり、ドイツでは「ミニジョブ」という制度が低賃金・不安定雇用の温床として指摘されたり、イギリスでは「ゼロ時間契約」という仕組みが同様の指摘を受けてきました。

1日の労働時間が短く、週に数日しか働けなければ、複数の仕事を掛け持って副業・兼業しないと十分な収入を得られません。また、複数の仕事を掛け持つことで労働時間が長くなる一方、社会保険による保障が弱いため不況などの際は危機に陥りやすくなります。このように、細切れ雇用にはさまざまなデメリットがあります。

こうした問題に対抗する動きもあります。アメリカでは民主党の大統領候補であるサンダース上院議員が細切れ雇用の撤廃を訴えています。また、サービス業の労働組合である「SEIU」などは、「One Job Should Be Enough(一つの仕事で十分だ)」という運動を展開しています。

見落とされている問題

これらを日本に当てはめるとどうでしょうか。そもそも、日本でも主婦のパート労働や若年アルバイト、派遣労働のような細切れ雇用が存在してきました。例えば、主婦のパート労働は、家計補助的な役割だから、労働時間は細切れで、低賃金でもよいとされてきました。しかし、主婦パートの基幹化や生計維持の要素が強まるにつれ、賃金水準の見直しなどが求められるようになっています。

副業・兼業は、世界的には非典型労働の問題です。一方、日本では、「ハイエンド」の人材の不足を補うものとして促進されており、人口の多い「ロースキル」の人たちの処遇や労働条件をどうするかという視点が抜け落ちています。ここが問題です。

安定した生活の基盤となる社会保障は、多くの国で一つの仕事を前提に設計されています。副業・兼業であっても、それが提供されるのならいいのですが、現実はそうなっていません。副業・兼業の多い国は、スペインやギリシャ、メキシコのようにGDPが日本と比べて低い国が多いです。低賃金の仕事をいくつも掛け持ちするような仕事のあり方を受け入れるかどうかが問題になっています。

「ハイエンド」の死角

「ハイエンド」の人材にしても、副業・兼業の効果がどれほどあるのかはっきりしません。例えば、企業情報に関する守秘義務をどうすべきかという問題。主たる就労先である企業は、従業員が副業をして他社の経験を自社に持ち帰る分には副業を許すでしょうが、自社の競争力にかかわる企業機密が他社にわたることは許さないでしょう。実際、アップル社は、企業機密にかかわる問題で従業員に対する訴訟を複数回起こしています。アメリカの先進企業が副業・兼業を促進しているという話は耳にしていません。副業が企業にとって好都合なのは、他社のノウハウを自社に生かせる場合に限られるのではないでしょうか。

大企業であれば、経験を積んでもらうために部署移動や海外転勤、プロジェクトへの出向など、さまざまな方法を取ることができます。副業・兼業が有効という根拠ははっきりしません。

公正な社会に

「ハイエンド」や「ミドルスキル」の人材を確保するとなれば、企業はグローバルの水準に合わせて、処遇を引き上げようとします。その際、総額人件費とその分配がどうなるかが問題です。高度人材の処遇に多くを割こうとすれば、それ以外の人たちの処遇がカットされる懸念がつきまといます。年収500万円だった人たちの処遇を300万円に引き下げ、「あとは副業で稼いでください」という世界になる可能性もあります。実際、その心配は大きいです。

私たちが心配すべきなのは、副業して働かないと暮らしていけないような社会になってもいいのかということです。どうすれば、格差のない社会をつくれるのか。労働組合は公正な社会のためのメッセージを出してほしいと思います。

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