特集2020.04

どこが問題?雇用によらない働き方副業・兼業と過重労働
掛け持ちしなくても生活できる労働条件が基本

2020/04/15
副業・兼業の促進が政策的に推し進められているが、そこには過重労働の懸念がつきまとう。過重労働問題に詳しい過労死弁護団全国連絡会議幹事長の川人博弁護士に聞いた。
川人 博 弁護士

副業・兼業促進の背景

──副業・兼業を促進する動きが強まっています。どう見ていますか?

いくつかの要素を含んでいます。賃金が必ずしも十分ではなく、経済的な条件から副業をせざるを得ない人がいます。本来であれば、賃上げが解決の方法ですが、経済界は別の方法を提示しています。賃金を上げるのではなく、据え置きかもしくは減少させ、不足すれば夜間や土日に働いてもらう。そういう方向で副業・兼業が提起されています。

アメリカには、低賃金を理由に仕事をいくつも抱える人たちがいます。日中と夜、さらに深夜。1日に三つの職場を兼務する労働者も数多くいます。今、副業・兼業を促進する動きがあることは、こうしたアメリカ型の働き方をつくろうとする経済界の思惑があるのだと、私は受け止めています。

この問題の本質は、低賃金や賃上げの抑制、あるいは、その賃金では生活がままならない高い住宅費や教育費などの社会環境にあると思います。

責任逃れとしての兼業

──副業・兼業と過重労働について、どのような事例が起きていますか?

私も翻訳に携わった『働きすぎのアメリカ人』(ジュリエット・B・ショアー著、1993年)という本は、副業・兼業によって長時間労働になり、疲弊する労働者の姿を描いています。1980年代のアメリカでも、こうした問題がすでに指摘されていました。

日本ではどうでしょうか。私がこれまで担当したケースには、アメリカ型の副業・兼業とは異なるタイプの過重労働があります。

私が担当したケースは、A社で働くXさんが、A社と密接不可分の関係にあるB社でも働き、長時間労働で健康を害したという事例です。B社は実質的に社と言って差し支えありません。

この場合Xさんは、B社でA社の業務と切り離せないような仕事をし、そこにはA社の意向も反映されています。

実質的にはA社の業務をしているのに、形式的にはA社とB社、別々に働いている。このようにしてA社は割増賃金や長時間労働の責任から免れています。こうしたケースはほかにもあります。

副業・兼業に伴う過重労働の問題は、一般的には本業と関係のない会社での労働が想定されていますが、実質的には一つの会社の包括的な指揮命令の下で働くケースもあります。この問題はあまり注目されていませんが、重視すべき問題だと思います。

一方、A社とB社が関係のないケースもあります。こうした場合は、非正規雇用の掛け持ちが多いです。

日本の労使関係とのかかわり

──前者の場合、A社とB社が実質的に一体になっているので、指揮命令の度合いも強くなりそうですね。

そういうことですね。

日本における過重労働は、主に一つの会社での長時間労働が問題でした。背景には、個人と会社が一体化することで企業が発展する日本型の労使関係があります。この関係の下では、兼業は企業にとって好ましいものとは言えません。副業するくらいならサービス残業してもらった方がいいからです。

実質的には一体的な組織における副業・兼業は、こうした労使関係の延長線上にあります。労働時間の上限規制が導入される中で、それから逃れるために悪用される恐れがあります。

一方、アメリカでは日本とは異なる労使関係の下で、低賃金労働者がいくつも仕事を掛け持ちするタイプの副業・兼業が主流でした。日本でもシングルマザーなどがこうした働き方をしてきました。

──賃金の時間単価の低さが副業・兼業の背景にあるのでしょうか。

それももちろんありますが、生活に必要な賃金は、必要な生活費と相対的な関係にあります。例えば、賃金は今と同じでも、住宅費や教育費の負担が少なければ生活に余裕が生まれます。

しかし、実際にかかる支出の諸経費を見ると現状では厳しいと言わざるを得ません。この状況下では副業・兼業で生活費を補おうとする心理が働くのも無理はありません。

通算の労働時間把握を

──労災認定をする際の労働時間の計算方法が見直され、副業・兼業の労働時間を通算して計算することになります。

それ自体は正しい方向に議論が進んでいます。しかし、労働時間の上限規制に関しては、複数社で労働時間を通算することになっていません。副業・兼業の労働時間を含めて企業が労働時間を把握する義務がないとすれば、安全配慮義務があるといっても、それを尽くすことができません。「副業しているとは知らなかった」という企業の言い逃れを許すことになります。副業・兼業を促進するのであれば、複数社で通算した労働時間を把握する必要があります。

副業・兼業が促進される背景には、経営者団体の安全配慮義務から逃れたいという意図があると考えています。割増賃金の支払い方が複雑になるというより、本音はこちらにあるのだと思います。

──本業は雇用労働で、副業が請負労働の場合の安全配慮義務などについて、どう考えればよいでしょうか。

形式上は請負でも、雇用労働者に限りなく近い働き方をしている請負労働の増加が問題になっています。そうした働き方の場合、雇用労働者と同じように安全配慮義務を尽くすべきであり、労働時間も合算して考えるべきです。

一つの仕事で十分な環境整備を

──今後、どのような意見を展開すべきでしょうか。

高度なスキルやノウハウを持っていて、それを副業・兼業に生かせる人はほんの一握りしかいません。メディアはそうした事例をよく取り上げますが、問題をあいまい化しかねません。

副業・兼業がすべてダメというわけではありません。しかし、基本的には副業・兼業をしなくても生活できる労働条件を整えることが第一義です。一つの会社で長時間労働をするのか、副業・兼業で長時間労働するのかという「悪魔の選択」を誰も望んでいません。1日8時間、週40時間労働を基本に生活できる社会環境を整えなければなりません。

そうした議論をしない副業・兼業の促進は非常に危険です。賃金の抑制が続けば、副業・兼業を促進する動きがさらに強まるでしょう。そうなれば、長時間労働が広がり、家族のだんらんがなくなり、働く人の健康がむしばまれていきます。

副業・兼業の安易な促進は、労務管理からいっても安直だと思います。仕事の効率性からいっても長時間労働ではパフォーマンスを発揮できません。いい仕事をしてもらうためにも、安全配慮義務を尽くす必要があります。

グラフ1 副業をしている人の本業の所得階層
※注 円グラフの構成比の算出に当たっては、「平成29年就業構造基本調査」の「雇用者」の「総数」を分母としているため合計100%とならない
出所:厚生労働省資料
グラフ2 現在の働き方(副業)を選択した理由(複数回答可)
出所:厚生労働省資料
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