特集2020.04

どこが問題?雇用によらない働き方日本の自営業の動向
若年層は独立よりも正社員志向

2020/04/15
「雇用によらない働き方」である自営業は、どのように推移してきたのか。30年間衰退が続いた一方、統計では捉えられない動きも。若年層は独立よりも正社員志向を強めている。識者に聞いた。
仲 修平 東京大学社会科学
研究所助教

衰退する自営業

日本の自営業は、この30年間で大きく衰退しました。国勢調査で確認してみましょう。自営業で働く人は、1985年の850万人から2015年の510万人に大きく減少しました。

減少傾向はこの30年間、一貫しています。1980年代後半まで農業を除く自営業の減少は下げ止まっていましたが、その後は減少。OECDの加盟国では1980年代以降も自営業は増減を繰り返していますが、日本は一貫して減り続けてきました。これが日本の自営業の大きな特徴です。

自営業の中でも特に、「雇人のない業主」の減少が顕著です。1985年の680万人から2015年の390万人にまで減少しました(グラフ1)。ただし、この層を取り巻く環境は後述するように変化しているため、2020年の国勢調査による動向を踏まえて判断する必要があります。

また、自営業と関連の深い家族従業者も大きく減っています。その数は約580万人(1985年)から約200万人(2015年)に減少。中でも女性の家族従業者が減っているのが特徴です(グラフ1)。女性の就労者のうち家族就労者の割合は1985年には20.8%でしたが、2015年には6.5%になりました。その一方で、女性の雇用者の比率が顕著に高まっています。この30年間で女性の家族従業者が減って、雇用労働者が増えたということです。日本の動向を知る上で大事な事実だと思います。

自営業全般の動向(グラフ1)
(注釈)
自営業主:個人経営の事業を営んでいる者
雇人のある業主:個人経営の商店主・工場主・農業主などの事業主や開業医・弁護士などで、雇人がいる人
雇人のない業主:個人経営の商店主・工場主・農業主などの事業主や開業医・弁護士・著述家・家政婦などで、個人又は家族とだけで事業を営んでいる人
家族従業者:農家や個人商店などで、農仕事や店の仕事などを手伝っている家族
謝辞
東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル運営委員会の許可を受けた。

衰退の背景

自営業では高齢者比率が上昇し、若年層比率が下落しています(グラフ2)。2015年には、雇い人のある業主では48.0%、雇い人のない業主では57.5%が60歳以上になっています。自営業への若年層の参入が減少し、全体として高齢者にシフトしていることがわかります。

自営業はなぜ減少しているのでしょうか。経済学系の研究では、都市部で資産価値が下落し、事業継続に負荷がかかることや、加齢に伴う収益増加の鈍化などが指摘されています。全般的に見れば、自営業の継承が難しく、参入障壁が高いことが自営業の減少の背景にあると言えそうです。

ただしその一方では、土地や設備を購入しないでも始められる自営業も増えているので、その点では参入障壁は低くなっています。自営業のタイプないし職種によって状況は大きく異なります。

高齢者比率の上昇と若年比率の下落(グラフ2)

捉えきれない自営業の拡大

最近の「労働力調査」を見ると、45〜54歳の中高年層で自営業が微増しています。2017年から2年連続で微増していて、自営業の衰退に歯止めがかかり始めていると言えるかもしれません。

このように全般的に見ると衰退が進む自営業ですが、それだけでは語り切れない側面もあります。

私が注視しているのは、現在の統計の取り方では捕捉しきれない自営業が拡大している可能性があることです。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査(雇われない働き方調査2017年)によると、日本には自営業者が1000万人程度いるとされ、そのうち自分では自営業者だという認識がない人が467万人に上ると推定されています。労働者に近い自営業者や、クラウドワーカーのようにウェブを経由して仕事を請け負うような人が増えています。こうした人たちと、国勢調査で把握できる自営業とのギャップをどう考えるかが、今後の自営業研究の課題だと考えています。

低下する独立志向と高まる正社員志向

自営業の今後はどうなるでしょうか。

一つには、雇用労働において賃金上昇が十分ではない結果、生計を保つために自営業に参入するという消極的理由で自営業の裾野が拡大することが予想されます。積極的理由による自営業の参入は限定的になる可能性があります。中高年層での就労機会として自営業が活用される可能性はありますが、その場合でも社会保障などの制度的な条件整備が求められるでしょう。

若年層はどう考えているでしょうか。東京大学社会科学研究所のパネル調査では、20歳から31歳の若年層に「あなたは、10年後どのような働き方をしていたいと思いますか」という質問を継続して聞いています。この中に「正社員・正職員として働きたい」「独立したい」という項目があります。この項目に対する回答が2007年と2019年でどのように変化したのかを調べました。

その結果、「独立したい」という層はもともと比率が小さかったものがさらに小さくなり、一方で正社員として働きたいとの回答の比率が高くなっていました。近年の若年層は「雇用によらない働き方」を避ける傾向が2007年と比べて顕著であることがわかったのです。国勢調査では捉えきれない自営業が増えているとしても、若年層の意識は、自営業は本業になり得ないと考える傾向があることが読み取れます。

特に独立したいと考える層は、女性において顕著に減少しています。また、男性でも非大卒層で独立志向がより小さくなっています。これまでの階層研究では自営業は学歴によらず到達できる一つの働き方として捉えられてきました。しかし、この結果は、非大卒層が雇用労働に入らざるを得ない状況を示している可能性があります。非大卒層の雇用労働への参入が増えれば、労働市場の競争が過熱することになります。「正社員神話」が一部で復活しているのかもしれません。

若年層が「雇用によらない働き方」を避ける背景として、自営業を取り巻く制度的な脆弱性があると考えています。

生活保障の整備を

これまでの社会階層研究は、雇用労働者の移動や不平等を主な研究対象にしてきましたが、「雇用によらない働き方」が増えていけば、雇用と労働が一対一で対応しないケースが増えてきます。雇用された労働者を守るという発想から自営業やフリーランスなども含め、すべての働く人にとって何が必要かという視点に立ち戻る必要があると思います。

新型コロナウイルス対策でも、フリーランスの人たちへの支援は、雇用労働者と区別されました。休校に伴う支援の対象になったのは、業務委託を受けて働く人だけで、下請けではない自営業は対象になっていません(3月11日現在)。制度的に守られていない人たちにこそ、手厚い保障があってしかるべきだと思います。

日本の社会保障は、就業形態によって加入する保険の形態が異なります。自営業者、雇用労働者、公務員を含む一元的な年金・医療保険制度のあり方も検討する必要があるのではないでしょうか。また、家族単位だった社会保障のあり方を個人単位に見直すことも求められます。

「雇用によらない働き方」を推奨するのであれば、就業形態に捉われない生活保障をどのようにつくっていくかという視点が重要です。

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