特集2020.04

どこが問題?雇用によらない働き方労働法改革の「Rebalancing」とは?
集団的労働関係法の見直しを考える

2020/04/15
イギリスでは労働党が2019年の総選挙で「産業別交渉」の復活をマニフェストで掲げた。諸外国では、集団的労働関係法の見直しを求める機運が高まっている。日本ではどうか?
古川 陽二 大東文化大学教授

イギリス労働党の公約

働き方改革関連法をはじめ、日本では個別的労働関係法分野の立法の拡大などが進む一方で、集団的労働関係法の見直しの動きはほとんど見られず、議論も低調です。

イギリスの労働党は、2019年末の総選挙で敗北してしまいましたが、全般的な労働法改革をマニフェストに掲げていました。

イギリスではかつて、全国レベルでのセクター別交渉が普及し、労働協約の適用率は全国の労働者の85%に上りました。しかし、サッチャー政権の新自由主義的な政策などを経て、その割合は激減。OECDのリポートでは現在2割程度にまで落ち込んでいます。

こうした中で、労働党は「産業別交渉」の再生を労働法改革の中心に位置付けたのです。

構想の背景には研究者による歴史分析があります。労働法学者であるK・D・ユーイング教授(キングズ・カレッジ)は、イギリスの団体交渉制度の変遷を分析。その中で、全国レベルの産業別交渉は、戦間期の行政が労働組合のない分野で労使合同の協議会を設置するなどの積極的な介入策を取ることで、確立されてきたことを明らかにしました。この事実を踏まえて、ユーイング教授は、労働者を代弁する行政機関の創設によって、全国レベルの産業別交渉を再生させようという考えを打ち出しました。労働党のマニフェストに盛り込まれたのは、こうした構想です。

具体的には、「雇用権利省」の創設。特に、既存の国レベルの団体交渉制度の支援、強化、拡張策として、政府の積極的な介入による国レベルでのセクター別の団体交渉制度の導入が強調されていたことが注目されます。また、これを下支えするものとして、保守党政権によって制限されてきた労働組合の諸権利の再生や職場代表制の改革が盛り込まれていたことも興味深い点です。

このほかにも、「職場民主主義」の実現として、企業・職場レベルでの組合承認と団体交渉の促進に加え、企業決定に従業員の意見を反映させるためのコーポレート・ガバナンスの改革なども入っていました。これらの構想を、個別的労働関係の分野の改革とセットにして実現していこうというのが労働党のマニフェストでした。

マニフェストの背景

イギリスで集団的労働関係法の見直しが重視された背景には、団体交渉を「熟議」や「参加」の場として捉え直そうとする新しい理論の動向があります。団体交渉は、単に労働者の利害を実現する場だけではなく、「熟議」や「参加」を担う「準公的」なものとして捉えられているのです。

イギリスでは、1980年代以降の団体交渉の構造変化が産業別交渉を形骸化させ、労働組合機能の低下と組織率の長期低落をもたらしました。最盛期には56%にまで達した組織率は、2018年には23.4%にまで落ち込んでいます。そうした中で、個人事業主はもちろんのこと、「ゼロ時間契約」の下で働く労働者など、従来の労働法の枠内で保護されない人たちが増えています。個別的労働関係法の改革やコーポレートガバナンスの推進と併せて、多様な就労形態の下で働く人たちを「熟議」と「参加」の場という、新たな構想に基づく団体交渉の枠組みの中に取り込んでいこうというのが、労働党の公約だったのではないかと考えます。

各国の動き

こうした機能は、個別的労働関係法だけでは実現できません。ニュージーランドでは2017年の総選挙後に政権の座に返り咲いた労働党が、「2018年雇用関係修正法」という法律の中で、職場における公正さの確保と労働者の基本的権利を回復する政策の一環として、組合代表が職場への立ち入りをしやすくする制度を導入しました。

11月の大統領選に向けて動き出したアメリカでも、労働者のボイス(発言)を反映しやすくするための労働法改正を求める動きがあります。具体的には、実態は雇用労働者なのに請負労働者とされる「誤分類」の問題を是正したり、ユニオン・ショップ制を阻害する「労働権法」を見直したりしようとする提案です。また、組合選挙の手続きを簡易化する「カードチェック制」の導入や、会社が組合つぶしのために用いる「ユニオン・バスター」の規制を求める動きもあります。民主党の大統領候補者の中には、産業別交渉の強化を訴える候補者もいます。カナダでも労働者の「ボイス」を反映させようとする動きがあります。

このように集団的労働関係法の見直しを求める動きが諸外国にある中で、日本にはそうした動きが見られません。なぜなのでしょうか。

法改正を機能させる推進力?

労働法学者の菅野和夫東京大学名誉教授は「提言 法規制と労使自治のRebalancing」(日本労働研究雑誌706号 2019年5月号)の中で、働き方改革関連法で労使関係法の分野にほとんど手が加えられていないことに警鐘を鳴らしました。菅野教授は労働組合をはじめとする労働者集団を「法改正を機能させる推進力」と位置付け、その観点からの見直しの必要性を提唱しています。

私がこれらの点で疑問を抱いたのは、労働組合は「法改正を機能させる推進力」としてだけ存在するのかということ。また、中央労働委員会の命令や著書などにおいて、使用者性の範囲を限定し、労働組合の交渉機能を制約する論理を展開してきたのは菅野教授自身だったのではないかということです。これでは、労働組合が労働者の労働生活にかかわる問題に対して十分な発言を行っていくことはできません。

力を発揮できる基盤を

私は、労働者が労働組合を通じて、意思決定の場に参加したり、議論したりする仕組みは、公的な意義を有していると考えます。

労働条件の問題だけではなく企業統治も含めて労働者が関与していく仕組みを整える必要があります。例えば、労働者が潜在的な力を発揮できるための制度(従業員代表制度など)の創設や、労働者の力の行使を妨げている要因の除去のための方策(団体交渉を阻害しかねない事業モデルの規制や、「使用者」の範囲の立法による再規定など)が検討されてしかるべきです。労働法改革におけるRebalancingとは、労働者と労働組合が力を発揮できる基盤の上で論じられるべきだからです。労働者が力を発揮できるような仕組みを前提として、個別的労働関係法の改革を実現しないと、一方的なお仕着せになってしまいます。

労働組合はこれまで、使用者に対して従属的な立場にある均質的な労働者を前提に組織論を組み立ててきました。しかし現在では、雇用形態、請負就労、性別、年齢、国籍など多様な形態で働くようになりました。労働組合には、多様性を前提にした組織化が求められています。

労働運動のシンクタンクや研究者からは、雇用によらない働き方に対する批判やプラットフォームワーカーの保護、あるいは従業員代表制度の法制化などについて、さまざまな提言がなされていますが、労働組合の政策形成や職場レベルの運動に十分反映されているとは言い難い状況です。現場レベルから具体的な政策立案に向けた動きが出てくることを期待しています。

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