特集2020.07

新型コロナウイルスとICT「コロナショック」とデジタル化
日本は遅れを取り戻せるのか

2020/07/10
「コロナ以前」から日本はデジタル化の遅れが指摘されてきた。「コロナショック」は日本社会のデジタル化にどのような影響を及ぼすのだろうか。
岸田 重行 株式会社情報通信総合研究所
ICTリサーチ・コンサルティング部
上席主任研究員

浮かび上がった非デジタル

新型コロナウイルスの感染拡大は、リアル空間のビジネスやコミュニケーションに大きな影響を与えました。「コロナショック」は、私たちの普段の生活がいかに非デジタルだったのかを浮かび上がらせたと思います。

社会の価値観にもさまざまな影響を及ぼしました。例えば、仕事や学校。働く、学ぶという目的を達成するためには、職場や学校に行く必要は必ずしもありません。本来さまざまな手段があります。でもこれまでは、「働くには会社に行くもの」「学ぶには学校に行くもの」という固定観念がありました。「コロナショック」はそうした価値観にも影響を与えました。企業で働いたり、学校で学んだりという目的に対して、これまでの社会は手段が柔軟ではなかったとも言えます。

日本のデジタル化の遅れは「コロナ以前」から指摘されていました。その遅れの背景には、デジタル・トランスフォーメーション(DX)自体が目的化し、何のためにDX化するのかが明確化していなかった点があります。しかし、今回の「コロナショック」では、DXが目的ではなく、手段として使われました。そのことがデジタル化を推し進める要因になったと思います。

社会の習慣や仕組みを変えるためには、変化のニーズがあるだけではなく、説得力が必要です。その意味で今回は、長年の慣習を変えるような強い説得材料があったと言えます。

変化するニーズを捉える

6月時点では緊急事態宣言が解除され、自粛要請などが緩和されている段階ですが、今後は緊急事態宣言下で進んだリモートワークなどのデジタル化の動きが、どの程度元に戻るのかがポイントです。元の姿に戻るものもあれば、戻らないものもあります。その程度によって企業にとっての事業機会も変わります。

ポイントはシンプルで、人々の時間の使い方です。行動様式が変わったことで人々の間で増えた時間と減った時間があります。それは消費のあり方とも連動しているので、増えた時間をうまく捉えられれば企業にとってプラスの事業機会になります。

在宅時間が増えたことで通信事業者にもさまざまな影響が及びます。トラフィックは全体的に増えていますが、利用する時間や場面が変化しています。

例えば、モバイルの使い方。外出中に動画を見ていた人の在宅時間が増え、固定回線を利用して動画を見るようになれば、パケット使い放題のプランが必要なくなり、携帯電話会社の減収要因になり得ます。また、固定通信のトラフィックは増えるかもしれませんが定額制なので思ったほどの増収につながらないかもしれません。一方、家で動画を見るようになれば携帯電話よりタブレットへのニーズが高まるかもしれません。

行動様式が変われば求められるサービスも変わります。ユーザーニーズと利用動向にあわせた魅力的なプランを提示できた企業が成長すると思います。長期的に見ても経営の方向性が変わるはずです。

今後のトレンドには四つの軸があるだろうと考えています。

一つ目は、集約から分散の流れの加速です。オンライン化の進展で場所への依存が低減し、都市集中から地方分散への動きも強まると見ています。

二つ目は、手動から自動化の動きの加速です。これまで手作業で行っていた業務の自動化・デジタル化がさらに進むと考えられます。

三つ目は、プロセスより結果を重視する価値観のさらなる広がりです。例えば、テレワークが広がると、人事評価のあり方も変わります。これまではオフィスにいる時の行動やプロセスで評価する価値観が根強くありましたが、テレワークが広がると部下の行動を直接見る時間が減り、出てきた結果で評価する傾向は強まるでしょう。飲食店でのテイクアウトが広がれば、お店の雰囲気より料理そのものを評価する価値観が広がるかもしれません。

四つ目は、効率より価値そのものを重視する動きです。オンライン化で時間と場所の制約がなくなれば価値そのものを評価する傾向が強まるはずです。例えば、オンライン診療が広がれば、「近いから」という理由で選んでいた病院から、人々が価値のあると思う病院を選ぶ動きが加速するかもしれません。

こうしたトレンドにうまく乗りながら、生活者や社会のニーズの変化を捉えたサービスを展開できれば、企業は新しいステージにステップアップできるのではないでしょうか。

ICTと信頼

どのようなニーズが生まれるかは、技術革新以上に、世の中の側の変化によるところが大きいです。かつて「3G携帯」が生まれたとき、テレビ電話がキラーコンテンツになるといわれていました。でも、テレビ電話は世の中にそれほど広がりませんでした。それから約20年。社会情勢の変化によってオンライン会議システムのニーズは急速に高まりました。技術自体は以前からありました。デジタル化が急に進んだからというより、社会のニーズが変化したからではないでしょうか。この変化を捉えられるかで企業の将来も左右されるでしょう。

今後、社会全体でICT化、DX化が進んでいくことは間違いありません。ICTのインフラ価値を高めていくことが大切です。

公共サービスのICT化や感染者の追跡システムもそうですが、重要なのは信頼(トラスト)です。

一律10万円給付の作業がシステム化されず、手作業のままなのも、話のもとをたどればシステム化予算の話だけではありません。日本では個人情報を誰かに預けることへの不安が指摘されます。中国であれば一律10万円給付も電子マネーですぐに振り込まれたでしょう。しかし日本ではそうは進みません。さまざまな意見を出せること自体、ありがたいことですが、どこまでが許容範囲なのか、時代に応じてトータルでの議論が必要になります。ICT化とシステムへの信頼は大きく関係しています。

格差への対応

今回、ICT化に対応できたかどうかで格差が生じました。例えば、教育分野ではオンライン授業をできた学校とできなかった学校では、生徒の生活はかなり違いました。雇用分野でもICT化による効率化で雇用が減少する懸念もあります。人手が足りていない分野に労働力をシフトできるかが課題になります。個人に求められるスキルも変わってくるでしょう。

これまでにもICTを巡る格差はありましたが、今回の事態を機に明暗がはっきり分かれてしまいました。「コロナショック」で生まれたICTの格差を是正することにも情報通信企業の役割があります。社会の変化をうまく捉え、新たなサービス、ソリューションを提案する機会として生かしたいところです。
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