常見陽平のはたらく道2020.10

安倍政権の雇用・労働政策を総括し
菅政権の今後を読み解く

2020/10/14
7年8カ月に及んだ安倍政権の雇用・労働政策をどう評価すべきか。菅政権にどう向き合うべきか。問い直したい。

憲政史上最長となった第22次安倍政権が幕を閉じた。雇用・労働はどう変わったか? 菅政権とどう向き合うか。立ち止まって考えたい。

安倍政権は「右投げ左打ち」だった。その心は、安保法制など防衛の強化などに取り組む一方、雇用・労働の分野では、一見すると労働者の側に立った政策を推進したからだ。「一億総活躍社会」の実現を掲げ女性活躍などを推進した。「働き方改革」により「長時間労働の是正」「同一労働同一賃金」をめざした。最低賃金の引き上げにも取り組んだ。

まるで、労働者のための政権ではないか。労働組合としては、悲願を達成できたとも言えないか。否。この一見すると労働者の味方を装ったかのような政策に、われわれは翻弄されたのではないか。実は経営者側の論理で物事が進んでいないか。字面だけまねた論点封じではなかったか。これにより、野党や労組は「政権の足を引っ張る人たち」「文句ばかり言って対案を出せない人たち」だと断じられるような、印象操作が行われたのではないか。

2015年に米国訪問中に安倍首相(当時)が発した「世界一ビジネスしやすい国をめざす」という言葉が、気になっている。もちろん、これは投資を呼び掛けるイベントであり、日本を売り込む場である。とはいえ、彼は「働き方改革」を叫びつつも「世界一働きやすい国をめざす」と発言したことはなかったのではないか。

選挙のたびに、有権者としてもちろん、各党の政策集を読むのだが、自民党の政策からは今後の労働力不足を補う意図が明確だった。「一億総活躍社会」という言葉自体、「動員」の論理である。「生産性革命」なる言葉もそうだ。このような「ポエム政治」は安倍政権の特徴だった。東大名誉教授の御厨貴氏の言葉を借りると「やってる感」だけが醸成されていった。

高度プロフェッショナル制度の導入、副業・兼業、フリーランスなど「自由で柔軟な働き方」が模索された。裁量労働制の拡大も行われようとしていた。確かに、知識社会においては、労働時間にとらわれない、柔軟な働き方が求められるが、それは不安定で不自由な働き方にもなり得ることは明々白々である。

安倍政権は成果をアピールしたが、一部は「アレオレ詐欺」だ。例えば若者雇用を改善したというが、民主党政権時代から回復の兆しはあったし、新卒に関しては民間就職希望者が減少したという要因もある。

菅政権は「ラスボス政権」だ。「ダークホース」と言われつつ本命そのものだ。安倍路線の継承と言いつつ、より労働者にとって手ごわい相手として化けるだろう。あめ玉をちらつかせつつ。賃上げ、妊活支援などを打ち出したが、今後、どのようなカードを切るのか。「自由で柔軟な働き方」や「解雇」に関する政策は早晩提示されるだろう。

新生立憲民主党は新自由主義からの脱却を強く打ち出した。では、与野党ともに具体的にどのような労働社会をつくるのか。今後も自民党からは踏み絵的な政策が多数、出されるだろう。常に、それは労働者のためになるのかと問い直し、主張し続けなくてはならない。揚げ足を取っているだけという「呪いの言葉」に屈しないために。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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