特集2020.11

テレワーク探求「リモートワーク」と人事評価
評価の仕方や賃金制度は変わるのか?

2020/11/13
「リモートワーク」の広がりは、人事評価にどのような影響を及ぼすのだろうか。賃金のあり方への影響はどうなるのだろうか。識者に聞いた。
江夏 幾多郎 神戸大学准教授

リモートワークと労働時間

リクルートワークス研究所や他の研究者と連携して、新型コロナウイルス流行下の生活・労働環境などを調査しています。

リモートワークについてわかったことの一つは、リモートワークをしている人ほど通勤も含めた労働関連時間が長くなる傾向があることです。しかし、この相関は注意深く解釈されなければなりません。労働時間を決定するであろう他の要因の影響も同時に考慮に入れると、リモートワークの効果は消えます。労働時間を長くする要因は、むしろ、仕事の成果が同僚の動向に大きく左右される、役割が不明瞭である、といったことでした。こういった日本の組織の昔からの課題とされてきた事柄が、今でもやはり課題であり続けているわけです。

仕事に関連する心理や行動にも、リモートワークそのものは影響を与えず、職務特性や働く人の個人特性が影響していました。例えば、成果の基準が不明確であることが孤立感を促し、エンゲージメントを低下させます。また、有能感や将来目標を強く持つ人ほど、エンゲージメントを強く持ち、仕事の中での変化を主体的に生み出す傾向があります。

リモートワークの導入の是非といったことよりも根本的な、働く人一人ひとりが成果を出しやすいような職務のあり方や能力開発を工夫することが、改めて求められていると言えます。

人事評価への影響は?

人事評価は、評価対象となる従業員の意欲・能力・行動・成果などについての情報に基づいて行われます。リモートワークの広がりが、人事評価に与える影響を読み解くのであれば、リモートワークの導入で人材情報がどう変化するのかを考えなければいけません。

リモートワークの導入により、これまで対面のコミュニケーションを通じて感覚的に取得してきた人材情報が得づらくなったということはあるでしょう。一方でこれまで見えていなかった情報が見えやすくなることもあります。例えば、メールやチャット、さらにはビデオ会議を通じたコミュニケーションに関するデータは、コロナ禍において質量ともに豊かになったでしょう。

もちろん、こうしたデジタル情報は、それ単体では評価情報としては不十分でしょう。情報の裏付けをとったり、補足情報をとったりすることで、より深くできます。こうしたことは従来の人事評価でも、あったはずです。感覚的な情報を裏付けるために、業績面談などで本人から話を聞いたり、周囲の同僚から情報を集めたりといったことを評価者はしてきたはずです。評価対象の実像を多角的に捉えることの重要性は、リモートワークが広がっても変わりません。

仮にリモートワークだから人材情報を得づらくなったと感じるのであれば、そのためのコミュニケーションを増やせばいいということになります。以前から「1on1」のコミュニケーションを図ってきた企業であれば、リモートワークになっても大きな変化は生じないでしょう。

評価面談以外での接点、つまりお互いを知る機会をどれだけ設けられるかが、人事評価の妥当性につながってきます。「自分の働きをちゃんと見てくれているのだろうか」という社員の不安に対しては、評価面談以外の日常での情報共有や意見交換が大切になります。それらを丁寧に行うことで「ちゃんと見てくれている」という感覚につながります。だからこそ、先進的な企業は、コロナ前からランチミーティングや「1on1」などの機会を積極的につくり出してきました。リモートワークと対面をハイブリッドさせるのであれば、リモートで働く社員がコミュニケーションから取り残されないよう配慮する必要があります。

リモートワークが広がったから、これまでとまったく違う世界がやってきたわけではありません。人事評価において大事なことは、リモートワークが導入されても変わらないのです。

自律分散型のマネジメントへ

リモートワークの広がりには、働き方の主導権が働く側に移り、社員に裁量を与えざるを得なくなるという側面があります。だからこそ、職場の管理職は、その裁量を分散させてもチームとして活動できるよう、職場の目標や各自の役割分担などを明確化させることが重要になります。

急激に拡大したリモートワークに揺り戻しが起きているのは、分権的な管理に職場のリーダーが慣れきっていないことが背景にあるのかもしれません。社員を信用しきれず、社員を一つの時間や場所などの枠に当てはめる。自律分散型の組織に見合った管理者になるには、そうした習慣を脱却することが重要です。

一方、働く側にも、「職場に行かないときちんと評価してくれないのではないか」という不安があります。上司と部下の双方の不安を解消するためにも、情報や目標の絶えざる共有と、その中で行われる相互支援を起点とした職場マネジメントのあり方を模索したいところです。

賃金制度は変わるのか?

リモートワークの広がりは、賃金制度にどう影響するでしょうか。

賃金制度をどうするかは、結局は労使の「決め」の問題です。リモートワークの導入で職場での働き方が見えづらくなったから成果・業績主義に移行しようとする企業も確かにありますが、見えないからこそあまり差をつけないようにしようということもあり得ます。

「リモートワークだから成果主義」「リモートワークだから処遇の個別化」とも喧伝されますし、一定の合理性はありますが、そうでないといけないということでもありません。大切なのは、経営者が社員の貢献をどう捉え、処遇に反映させようとするか、それに社員が同意できるかということです。

ただ、一つ言えるのは、リモートワークへの移行で人材情報をきちんと集められなくなった企業が、不十分な情報に基づいて社員に差をつけるのはリスクを伴うということです。差をつけるのであれば、判断のもとになる人材情報をきちんと集める必要があります。それができないまま社員に差をつけると社員の間に不信感が生まれます。社員から不信感を持たれた企業は人材流出のリスクにさらされることになるでしょう。

「ジョブ型」議論への疑問

リモートワークと「ジョブ型」雇用を結び付ける論調が散見されますが、それらを結び付けるのは性急です。

「ジョブ」とは、個別の具体的業務=「タスク」の束のことであり、「タスク」よりももっと大きく抽象的な概念です。そして、「ジョブ型」雇用とは、従事する仕事の価値に給料を払うのか社員の能力の価値に給料を払うのかという雇用契約のあり方の話であって、生産性の向上や成果主義の具体的なあり方について考えることとは次元の違う話です。

今、課題になっているのは、テレワークの導入・運用にあたって社員一人ひとりの「タスク」をどう定め、どう効果的にこなしてもらうかという話です。その「タスク」をこなすために、「ジョブ型」雇用である必要はありません。従来の職能給制度の下でも「タスク」を効果的に定義、遂行することは十分に可能です。

リモートワークが導入されたからといって、人事評価、ひいては人事管理において大切なことは変わりません。従業員一人ひとりが自分の目標や職務の内容についてきちんと理解・納得し、前向きに専念できるよう、経営者や管理者が職務設計や業績管理を行う。こうした透明性が確保され、従業員の配属や待遇について従業員本人の意思を重視しつつ、企業側が明確に説明できないと、「ジョブ型」は絵に描いた餅に終わるでしょう。

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