特集2020.11

テレワーク探求睡眠の質の確保が大切
「つながらない権利」の議論を

2020/11/13
テレワークの広がりは働く人の健康にどのような影響を与えるのだろうか。ポイントの一つは、睡眠の質の確保。「つながらない権利」の必要性などを考える。
久保 智英 独立行政法人
労働安全衛生総合研究所
上席研究員

睡眠の質の確保

ストレスの解消には、休息の質と量の確保が大切です。勤務間インターバル制度は量の確保である一方、「つながらない権利」は質の確保と言えます。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、在宅勤務が広がりましたが、そのデメリットの一つは、オンとオフの境目がはっきりしなくなることです。仕事が夜間に及び、睡眠を阻害するような場合もあります。夜間は、疲労回復力が高いので、夜間にきちんと睡眠を取れる環境を整備することが大切です。

「翌日の仕事への不安」と深い睡眠(徐波睡眠)の関係を調べた実験があります。この実験では、翌日の仕事への不安が高いほど、疲労回復に必要な徐波睡眠の量が減るという結果が得られました(グラフ1)。つまり、業務時間外や就寝前に仕事の連絡が入るようなことが繰り返されると、徐波睡眠の量が削られ、睡眠の質が低下してしまいます。

そうすると疲労回復の面だけではなく、安全面からも問題が生じかねません。睡眠時間とボタンを押す反応速度の関係を調べた別の実験では、短時間睡眠が繰り返され、睡眠不足状態が続くとボタンを押す反応速度が低下することがわかりました。4時間睡眠を1週間程度続けた場合、一晩徹夜したのと同じ程度の反応速度になってしまいます。健康面だけではなく、生産性という観点からも問題が生じます。

グラフ1 仕事からディタッチできない(離れられない)時の夜の眠り
グラフ2 労働時間に対する裁量(worktime control)と
勤務の不規則性からみた疲労回復と睡眠の質

睡眠負債だと眠気は自覚しづらい

慢性的に睡眠不足の状態では眠気を自覚しにくいという問題があります。主観的な眠気とボタンを押す反応速度を調べた実験では、眠気を自覚していなくても、客観的には反応速度が鈍くなっていました。自分は眠くないと思って仕事を始めても、客観的にはそうではないこともあるということです。

このような実験もあります。アメリカでの実験ですが、被験者に過剰なウイルスを鼻から投与して、睡眠時間と風邪を引いた人の関係を調べた実験です。その結果、1週間の睡眠時間の平均が5時間未満の人は45%が風邪を引いた一方、睡眠時間が7時間超の人は20%にとどまりました。普段、睡眠時間を確保している人たちはウイルスにさらされても風邪を引きづらいという結果です。体の免疫力を高める観点でも睡眠の質と量を確保することが大切です。

労働時間の裁量度と睡眠の関係

在宅勤務のメリットの一つとして、働く側の裁量度が高まることが挙げられます。ただし、注意すべきポイントもあります。

関連する調査として、労働時間に関する裁量と疲労回復や睡眠の質の関係を調べたものがあります(Kubo, et al. 2013)。労働時間に関する裁量──ワークタイム・コントロール──は北欧で注目されている概念で、出退勤や休憩のとり方などに関して裁量がどれくらいあると感じているかという質問で測定されます。それと労働時間が規則的か、不規則的かをあわせて調べました。その結果、裁量度が高く、不規則性が低い人たちが疲労回復や睡眠の質が最も良いことがわかりました。しかし、その一方で、裁量度が高くても不規則性が高い人たちは、睡眠の質が裁量度の低い人たちよりも悪くなっていました。裁量度がたとえ高くても、毎日不規則な働き方をしていると睡眠の質が悪くなるということです。在宅勤務の普及は、働く人の裁量を高めるというメリットはあるものの、働き方が不規則になってしまうことには注意が必要です。

裁量に関しては、ワークタイム・コントロールが高まると1年後には遅延反応が減り、客観的な睡眠の質が良くなるという調査結果もあります(Kubo, et al. 2016)。テレワークで監視(モニタリング)が強まるという懸念がありますが、方向性としては裁量を高めた方が、パフォーマンスや睡眠の質が高くなると言えます。働く人の裁量を高めながら、働き方や暮らし方が不規則にならないようにすることが大切だと言えそうです。

「つながらない権利」の検討を

このように、仕事の安全面や作業効率の観点からも、睡眠時間はきちんと確保することが大切です。そのためには、「つながらない権利」に関するルールを設けるなど、夜間の睡眠に関する環境を整備することは、在宅勤務の働き方のルールとして検討課題の一つになり得ます。

「つながらない権利」は、フランスやイタリアで法制化され、カナダやイギリス、ニューヨーク市などでも広がっています。フランスの場合、業務時間外に会社から仕事の連絡があっても労働者側が拒否できることになっています。ニューヨーク市では、業務時間外にメールなどの返信を強要することを禁止し、違反した雇用主には従業員に対し、最大500ドルの罰金を払うという内容です。

「つながらない権利」は、情報通信機器が発達したことに対して、労働者の権利を守るために生まれた発想です。日本ではまだ法制化されていませんが、テレワークが広がる中で、働く人の健康を守るために検討すべき課題です。とはいえ、どんなに良いルールでも現場の実態を踏まえなければ「絵に描いた餅」になってしまいます。どのようなルールを設ければ実効性のあるものになるのか、労使で話し合いながら決めていく必要があると思います。

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