特集2018.06

#MeToo ハラスメントのない職場へ相手は嫌でもにっこり笑っている
セクハラの本質を知ろう

2018/06/13
「セクハラはダメ」という認識は広がったが、「何がセクハラなのか」についての理解はまだまだ不十分。セクハラの本質を知ろう。
牟田 和恵 大阪大学教授
むた かずえ 専門は社会学(家族社会学、ジェンダー論)。1989年の日本初の「福岡セクハラ裁判」以来、実践と理論の両面でセクハラにかかわる。『部長、その恋愛はセクハラです!』(集英社新書)など

男性の思い違い

セクハラをしてはいけない。これは社会の常識になりました。でも、何がセクハラに当たるのかの理解はまだまだ足りていません。

例えば、辞職した財務事務次官。彼は、「言葉遊び」という言葉を使いました。あれは、強弁というより、本当にそう思っているのでしょう。女性記者に実際触ったわけでもないのに、なぜ告発されるのか。相手の女性も受け流していたのに、なぜセクハラになるのか。本気でそう思っていたのではないでしょうか。

セクハラを理解する上で大切なのは、性的な言動で相手の尊厳を傷付けてはいけないこと。加えて、仕事上の被害を相手に与えていると知ることです。被害を受けた女性記者は、次官の呼び出しを断れば、自分の仕事やキャリアが危うくなりかねない立場でした。次官は、どれくらい意識していたかはわかりませんが、その弱みに付け込んでいたわけです。

上司と部下の女性、派遣先の社員と派遣社員、取引先と営業職の女性社員のように力関係のあるところでは、あからさまな脅しをかける必要がありません。「断れば次の契約が危ないかもしれない」。相手の女性はそう心配して、自ら迎合します。男性にはそれが女性の側の「自発的」な「合意」に見えてしまうのです。しかしそれは「強要された合意」であり、セクハラなのです。

女性はなぜ「NO」と言えないか

男性は女性の「NO」のサインが全然見えていません。女性が笑って受け流していると、喜んでいると本気で思ってしまう。「嫌なら嫌とはっきり言ってくれ」。男性はそう思うかもしれません。

女性はなぜ「NO」と言えないのでしょうか。その理由は、いくつものレベルであります。一つは、否定的な態度が相手に伝わると自分の立場が不利になったり、報復されたりすること。これはわかりやすいです。

しかし、そういう「計算」をする以前に女性は、相手に感じのいい態度を、いわば反射的に取ってしまいます。例えば、上司に誘われたとき、正直な答えは「嫌です」であるとしても、真正面から誘いを断ると雰囲気が悪くなったり「常識に欠ける、感じの良くない女性」と思われたりします。そのため、女性は曖昧な受け答えをしてその会話を終わらせて、「自分は興味ない」ことを表現しようとします。フェミニスト法学者のキャサリン・マッキノンは、女性は自分が望まない、あるいは不快な性的な誘いや働き掛けに「逆らわずにいる」ことで拒否のメッセージを表そうとする傾向を持っていると指摘しています。

また、女性は「気付かないふり」もします。職場や仕事関係の中で、自分が性的な扱いを受けていること自体が、女性にとっては職業人として傷付けられ、おとしめられることですから、気付かないふりをし、その場を受け流すことで、自己防衛を図るわけです。

こうして女性は「無視」をしたり、「気付かないふり」をしたりして、不快な状況を乗り切っています。でも内心では、深く傷付いています。

ところが男性は、そのことにまったく気付いていません。「嫌だったら嫌と言うはず」と思い込み、「恥らいながらも受け止めてくれている」と勘違いして、性的な言動をエスカレートさせていきます。男女の認識のズレはこうしてどんどん大きくなります。その結果、財務省のようなケースが生じます。次官は女性記者といい付き合いをしていたつもりでしょう。でも記者からすると仕事上、嫌でも愛想よく付き合わないわけにはいかなかった、ということです。

力関係を自覚して

私が、著書(『部長、その恋愛はセクハラです!』集英社新書)で一番訴えたかったのは、このことです。

「自分が力関係で立場が上の場合、相手は嫌でもにっこり笑っている。それを社会人の常識として知っておいてください」

でも、立場が上の人は自分の力をあまり認識していません。社長や部長だけではなく、平社員にも「力」はあります。例えば、平社員と派遣社員の間にも力関係はあります。組織に属する人は、自分の持つ地位や組織に付随する力に敏感にならないといけません。

セクハラは、組織から与えられた力が私的に乱用されることだとも言えます。財務省のケースで再び考えてみましょう。次官がしたことは、組織として持っている情報を私的な感情と引き換えに提供することです。これは、A社の方が取引条件がいいのに、B社に魅力的な女性がいてその女性の気を引きたいからB社に仕事を回すことにした、と同じことです。これらは、組織に対する背信行為とも言えます。組織から与えられた力を私的に不公正に使うことは許されません。

企業はどう対応するか

セクハラのない企業風土をつくることは魅力的な企業づくりにもつながります。女性が働きやすくなり、離職率が低下したり、生産性が向上したりします。

企業に呼ばれてセクハラ対策を講演することがあります。まず「ゼロトレランス」が大切だと言っています。小さな問題でも見逃さずにしっかり対処するということです。企業全体でハラスメントを許さないというポリシーを明らかにしておくことが重要です。

また、セクハラ対応の担当者を『あて職』にしないことが大切です。ハラスメント問題の本質を理解している人を担当者にすること、担当者に権限を持たせることが重要です。

セクハラを注意されると、メンツをつぶされたと思って「逆切れ」する人がいます。最初に注意された段階で謝罪をし、態度を改めてくれればよいのですが、過剰に反発して、事態が深刻化する事例が数多くあります。そうなると、被害者、加害者、組織の三者にとってマイナスしかもたらしません。セクハラ被害の程度によりますが、注意された側は過剰に反応せず、相手の気持ちに立って落ち着いて考えてほしいと思います。注意する側も、「あなたの人生をつぶそうとしているわけではない。これからも活躍してもらうために言っている」と伝えるなどの工夫が必要でしょう。一番よくないのは、セクハラを放置し続けることです。

「#MeToo」運動の今後

日本では「#MeToo」運動が他国ほど盛り上がっていないという指摘があります。しかし、財務省の事件を契機に広がりを見せています。「もう、あのような嫌な思いをしたくない」という感覚が共有されているように感じます。

一部の男性からは「窮屈になった」という声も聞こえてきます。ですがそれは、そうした男性たちが好き放題やってきたことを変えたくないというだけのことではないでしょうか。時代は変わりました。男性には「#WithYou」のように、応援する姿勢を取ってもらえればうれしいです。

男性は常に「清廉潔白」であれ、というわけではありません。内心で女性に好意を抱いたり性的に引かれることもあるでしょう。それが問題なのではなく、それを仕事に持ち込んではいけないというだけです。

女性に対しては、決して無理をしないでと伝えたいです。セクハラをされて、その場で「NO」と言えなくても、それは仕方ありません。セクハラと戦えない状況は残念ながらまだまだありますから。でも、社会は変わりつつあります。ずっと我慢し続けなくてはいけないとは思わないでください。諦めないでできることから始めてほしいと思います。

自分の立ち場に気を付けて!
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