特集2018.06

#MeToo ハラスメントのない職場へセクハラ対策の次の展開は?
セクハラ禁止規定と行政救済機関の創設を

2018/06/13
均等法が定めるセクハラ防止措置義務は、どのくらい機能しているのだろうか。現在の仕組みの問題点と今後求められる制度のあり方などについて聞いた。
内藤 忍 独立行政法人
労働政策研究・研修機構(JILPT)
労使関係部門 副主任研究員

セクハラ相談の現状

労働政策研究・研修機構(JILPT)は2016年5月に「妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」を発表しました。セクハラを経験したことがある労働者の割合は28.7%。このうち「がまんした、特に何もしなかった」人の割合は63.4%でした。セクハラ被害者の多くは、相談すらできていない現状があります。

一方、「会社の相談窓口、担当者に相談した」は3.1%でした。男女雇用機会均等法11条は、使用者にセクハラ防止措置義務を課しています(特集「セクハラ相談担当者が知っておきたい相談対応のポイント」参照)。法律は、相談窓口設置を義務付けていますが、実際には相談者は少なく、うまく機能していません。

「労働局(雇用均等室、労働基準監督署、ハローワーク)に相談した」人の割合は、0.9%でした。私たちの研究グループは、労働局の紛争解決制度の利用者を対象にした調査を2016〜2017年度にかけて行いました(内藤忍「職場のハラスメントに関する法政策の実効性確保」季刊労働法 260号(2018年春季)を参照)。労働局を利用した人にアンケート調査やインタビュー調査を行い、セクハラ被害が労働局でどのように解決されているのかを調べました。

都道府県の労働局(雇用環境・均等部(室))に寄せられるセクハラに関する相談は年間7526件です(2016年度)。労働局には、相談のほか、「紛争解決の援助」と「調停」という機能があります。セクハラに関する「紛争解決の援助」の申し立ては125件(2016年度)。「調停」の申し立ては50件でした(同)。相談件数に対して「紛争解決の援助」と「調停」の申し立て件数は圧倒的に少数です。このことから、利用者のほとんどが相談だけで終わっていることがわかります。

労働局による相談対応と課題

「紛争解決の援助」は労働局の職員が、双方の言い分を聞いて、助言をしたり紛争解決を支援したりする制度です。一方の「調停」は、紛争調整委員会に調停を行わせる制度です。調停委員は3人で弁護士や社労士、大学教授などの専門家が務めます。「紛争解決の援助」と同様に、調停委員が双方の言い分を聞いて和解案などを提示します。

セクハラ被害者の要望は、多くの場合、自分の受けた行為がセクハラであることや、違法な行為であることを認めてもらうことです。また、加害者および加害を放置してきた使用者から謝罪をしてもらいたいと思っています。しかし、今の「紛争解決の援助」や「調停」という制度は、セクハラ被害者のこうした要望にほぼ応えられていません。

現在の均等法は、セクハラ防止措置義務を定めているものの、セクハラそのものを禁止する規定がありません。そのため、違法とされるセクハラを定義する規定もありません。従って、労働局は問題となっている行為が違法なセクハラなのかどうかを判断することができません。正確にはその権限がありません。

インタビュー調査でも労働局が「どちらが悪いという判断も、セクハラだから慰謝料を払ってくださいと会社に言うこともできない」と言った事例がありました。労働局は双方の言い分を聞いて、「バランス」を勘案した解決案を提示するしかないのです。この仕組みでは被害者を十分に救済できません。調査では、使用者がセクハラを認めず、少額の金銭で合意するケースが多くみられました。こうした制度と被害者の希望のミスマッチが、相談だけで終わる要因の一つになっているのかもしれません。

セクハラ禁止規定の必要性

現状では被害者のニーズに応えられる救済は裁判所です。裁判所はその行為が民法上の不法行為に該当するかで違法性を判断してくれます。しかし、裁判には金銭とともに精神的・肉体的に大きな負担がかかります。セクハラで精神障害を負っている場合は、そもそも裁判に耐えられないでしょう。また、公開手続きで行われることから、セクハラ事件の場合、被害者バッシングが起き、二次被害を受ける恐れもあります。

こうした理由から現状では裁判は現実的な選択肢になり得ません。セクハラは性被害なので公開手続きに配慮することや、違法だと認められたとしても低額にとどまっている損害賠償額を課題にしていくことなどが考えられます。

これらの問題に対処するためには、(1)裁判例を踏まえた違法なセクハラを定義し禁止すること(2)その定義や禁止規定を踏まえて、その行為がセクハラかどうかの法的判断ができる行政救済の仕組みを設けること─が求められます。

均等法は事業主を対象にした行政取締法規なので、労働者を対象にしたセクハラ禁止規定を設けるのはなじまないという指摘があります。理想的には均等法を差別禁止法に作り変え、セクハラ措置義務や禁止規定を置くという形や、禁止や被害者救済を盛り込んだセクハラ立法の形もあり得るでしょう。

日本は国連の女性差別撤廃委員会からセクハラ禁止規定を創設するよう長年指摘されてきました。先進国ではセクハラが禁止されている国がほとんどです。

セクハラ禁止規定を設ける場合には、裁判例がこれまで違法だと判断してきたセクハラの範囲を狭めないことが大切です。罰則のある規定となれば、罪刑法定主義の関係から、その範囲が狭まることが懸念されます。労働者を守る観点から、まずは、罰則にこだわらずに民事で禁止する道を模索してはどうかと私は考えています。

実効性確保の主体

セクハラを定義し、禁止する規定ができれば、行政はセクハラを判断できるようになります。セクハラに当たるかの判断には、専門家で構成される機関が必要です。現在の「調停」の仕組みを活用する方法も考えられます。救済機関は例えばセクハラの認定に基づき、行為の差止めや、賠償命令などを出して、被害者救済を行います。

また、セクハラの措置義務があっても企業がそれを守らなければ意味がありません。セクハラの相談窓口を設置している企業は25%程度しかありません。労働局は措置義務違反の事業主に年間3860件(2016年度)もの行政指導を行っていますが、行政の監督には限界があります。

このように、法の実効性を高める仕組みが現状では不十分であるからこそ、労働組合には、法を守らせる主体としての役割が期待されます。措置義務が守られているかなどのチェック機能の発揮が求められます。

また、足元の職場の風土を変えていけるのは労働組合にしかできません。ハラスメントは、「これを言ってはいけない」というような、一つの言葉を切り取ってなくせば済む問題ではありません。組織の風土がもたらす構造的な問題です。特にセクハラの背景には女性差別と、(意思決定の場に)女性が少ないことがあります。女性労働者を性的対象ではなく、ともに働く仲間として見ること、差別的な風土を変えていくこと、女性を意思決定の場に増やすこと。職場の風土を変えるには、労働組合の活動が大切です

セクシュアルハラスメントの経験率
(注)1.最近2つまでの職場についてのセクシュアルハラスメント経験について、無回答を除く、のべ回答者数はn=14,279。2.経験率は、最も重大と考える事案を経験したときの雇用形態別経験者を、現在または退職時の雇用形態別未経験者数との合計で除して求めている。
JILPT「妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」
セクシュアルハラスメントを受けた本人の対応
(注)1.最近2つまでの職場について、セクシュアルハラスメント経験者(対応「無回答」を除く、n=4,056)に占める割合。 2.雇用形態計には「わからない」、無回答を含む。雇用形態は最も重大と考える事案を経験したときのもの。
JILPT「妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」
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