特集2018.06

#MeToo ハラスメントのない職場へ「いじり」が社員を苦しめる
背景にある職場の「モノカルチャー」

2018/06/13
職場でよく見られる「いじり」。時に社員を苦しめるハラスメントになる。足元にあるハラスメントを見つめ直すことが働きやすい職場づくりにつながる。
中野 円佳 フリージャーナリスト

「いじり」の構造

「いじり」は時として、ハラスメント=職場のいじめになる。フリージャーナリストの中野円佳さんは今年3月、『上司の「いじり」が許せない』(講談社現代新書)を出版し、「いじり」が人を深く傷付けている実態を描いた。

「いじり」の実態をまず紹介したい。本に登場するアキナさん(仮名)は、他の課の課長に「お前はブスだから話しやすいよ」などと言われ、容姿をいじられてきた。アキナさんは、「そういうときは、ニコニコ笑って、『何言っているんですか!』みたいな感じでちょっと小突いて終わりみたいな感じにしています」と語る。「いじり」は加害者にとって親密さを表現するためのものだったかもしれない。でも、内心では「私だって傷付いている」とアキナさんは打ち明ける。アキナさんは「いじり」が繰り返された結果、「線路に飛び込みそうになった」ほど、精神的に追い詰められた。

中野さんは「いじり」の特徴を次のように解説する。

「『いじり』は多くの場合、セクハラより軽く受け取られがちです。いじる側はコミュニケーションの延長として考えていますし、一方のいじられる側も、一緒になって笑ったり、自虐ネタを提供したりすることもあります。これが『いじり』の特徴です」

「いじり」では、被害者側が「いじり」行為に加担しているよう見えてしまう場合がある。「いじり」の被害者は最初にいじられたとき、空気を読んで笑って受け流してしまう。だが、それが続くと、「いじり」は「ネタ」になり、職場で「いじられキャラ」が定着していく。「いじり」の被害者は、取引先や他部署でも、「いじられキャラ」として紹介されるようになる。「『いじり』は感染力が高い」と中野さんは指摘する。

「いじり」の内容は次第にひどくなり、被害者の心の傷は深くなる。しかし、被害者は今さらどうやって「いじられキャラ」から降りたらよいかわからない。

「被害者が『いじり』に多少でも加担してしまっているため、自分が悪いと思う人も少なくありません。被害者が急に怒り出すと、『お前だって笑っていたじゃないか』と言われ、『いじり』がさらにひどくなるかもしれない。そのため、被害者は自分の中に苦痛を押し込んでしまいます」

セクハラよりも「シロ」に近い

中野さんは、職場で起きている「いじり」のパターンを分析し、四つの類型に分類した。(1)容姿・体型(2)ファッション(3)性的な経験(4)性役割─の四つだ。

「ざっくり言うと、見た目系とプライベート系です。前者は、『ブス』とか『デブ』とか『服装がダサい』とか。後者は、交際経験や性体験を聞いてプライベートに介入するもの。料理をちゃんと作れるかとか、セクシャリティーやジェンダーにまつわる話です。でも、基本的にすべてセクハラです」

触るなどに対して言葉のセクハラはグレーと捉えられがちだが、「いじり」はさらに「シロ」に近いものだと思われていると中野さんは指摘する。

「無理やりキスをされたわけでもない。服装についていじられているくらいでしょうと。上司の『いじり』は褒められたことではないけれど、処分するほどでもないと言われてしまう。被害者はそのつらさがわかってもらえません」

こうして「いじり」というセクハラはなくならず、職場に残り続けている。

「いじり」の背景

「いじり」の背景にあるものは何か。中野さんは、「企業が従業員や家族の人生を丸抱えしてきた名残りがあるかもしれません」と指摘する。終身雇用・性別役割分業という社会の中では若い社員のプライベートに介入するという意識が強かった。その中では、性経験に関することも必然的に語られた。そうした意識が残っているのかもしれないと指摘する。

また、総合職の女性が増えたことを中野さんは「いじり」の背景に挙げる。

「総合職の女性が増えてきて、組織の構成が変わりつつあります。男性正社員は、総合職の女性をどう受け入れたらいいかわからない。だから、男性と同じように性的な話をします。一方の総合職の女性の側も『名誉男性』的に振る舞った方が男性に受け入れられやすい。だから、下ネタも笑って受け流すこともしてきました」

総合職の女性に対する「いじり」の例として、中野さんは電通の高橋まつりさんの事例を挙げる。

「高橋さんは容姿端麗で、仕事もできる。文句の付けようがないのに、電通の男性上長から『目が充血している』とか『髪の毛がボサボサ』といじられました。高橋さんに何においても完璧であることを求めたというより、男性のコミュニティーに受け入れるという側面と、社内での序列を見せつけるという二つの側面があったのではないでしょうか」

男性中心だった正社員の世界に女性が増えてきたとき、男性正社員が取ったのは、「同化政策」というべきものだった。そこには「多様性」とか「ダイバーシティー」という観念はなかった。

モノカルチャーからの脱却を

中野さんは現在、シンガポール在住。日本との文化の違いを感じている。「いじり」の被害をなくすにはどうすればよいかを聞いた。

「シンガポールは人種も文化も多様。人々に幅広いバックグラウンドがあります。すると、相手を傷付けないように『これ、聞いても大丈夫かな』と考えるようになります。でも、日本では相手と自分が変わらない価値観を持っているという前提があります。だから相手をいじっても大丈夫だと思ってしまう」

「『いじり』の問題は、根本的に日本が『モノカルチャー(単一的な文化)』過ぎる状況があると思います。その意識が変われば、あらゆるハラスメントもなくなるはずです」

相手は自分とは違う。個性ある人たちが同じ社会に暮らしている。大切なのは、相手に対する想像力だ。

「『いじり』を完全になくせとは思っていません。いじり返せたり、突っぱねたりする態度が取れるくらいならあってもいいと思います。でも、いじる側には、被害者が苦しんでいる場合があるという認識を持ってほしいと思います。相手はあなたと同じ感じ方をするとは限りません」

「『いじり』で苦しんでいる人は、『いじりくらいで』と思わずに、声を上げてもいいんだよと伝えたいです。『個の尊重』という観点からも、無理して自分をつくらないでもいいよと」

政府は女性活躍促進をうたう。だが、足元では「いじり」というハラスメントが根強く残っている。中野さんはこう強調する。

「嫌な思いをしている人が多いということがわかると、社会の一般的な意識も変わっていきます。メディアの役割として、苦しい思いをしている人たちの声を可視化していきたいと思います」

「いじり」の行き過ぎに注意
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