「コロナ」から考える政治と生活コロナ危機と財政・社会保障
ベーシックサービスの実現を
財源調達力の弱い日本政府
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、さまざまな事業者支援や生活支援の緊急対策が実施されました。そのために巨額の予算が編成されているのは、皆さんご存じの通りです。
ここで指摘しておきたいのは、「コロナ」前から日本の社会保障、雇用・労働のセーフティーネットは脆弱で不十分だったということ。だからこそ、「コロナ危機」が起きた際に多くの緊急対策を講じざるを得ない状況になったということです。例えば、住宅に関する公的支援が整備されていなかったからこそ、住宅確保支援金のような仕組みを緊急的に拡充する必要があり、ひとり親世帯への支援が弱かったからこそ、緊急的な支援の必要性が強まりました。コロナ対策で財政支出が膨大な額に膨らむというのは、平時からの日本の公助が不十分だったことの反映にほかなりません。
日本の財政は、平時から財源が足りず、赤字国債に依存し、政府は、財源の制約を理由に社会保障を抑制してきました。そのため、社会が危機に陥ると緊急対策が必要になり、それに伴い膨大な予算も必要になります。しかし、政府の財源調達力は平時から低いため、赤字国債で財源を調達します。その結果、社会保障を抑制する力が強まります。このような負の循環から抜け出せていません。
コロナ危機に伴う財政問題を分析する際には、こうした視点から出発する必要があると思います。
税による確実な財政基盤の必要性
当面、国債に財源を求めながら対策を打つことは必要ですし、この状況で大胆な増税を打ち出すこともあり得ません。
他方、社会保障のニーズが着実に膨らんでいく将来に向けて、いかに確かな財源基盤を整えていくかという課題は残ります。そのためには、かねてから指摘されてきた税制の問題を一つずつクリアしていくよりほかありません。
足元では与野党を含め減税を求める声が強いですが、中・長期的な視点で見れば、所得税による所得再分配機能の強化や、資産課税の公平性の確保のように、富裕層も含めて応分の負担を求めるという税制の立て直しが必要です。
コロナ・ショックの影響は、人々を非対称に襲いました。厳しい状況に追い込まれた人が数多くいる一方、所得に余裕が生まれた人もいます。負担能力のある個人や企業に、公平な形で負担してもらうことを考える必要があります。それは臨時的に増税するという意味ではなく、税制の根幹である所得課税、資産課税の所得再分配機能を復元・強化していく必要があるということです。
今後、日本では少子高齢化がさらに進行し、社会保障の内容を充実させなくても、支出は増え続けます。国債を財源調達の一つの手段に位置付けることは必要ですが、将来的な給付の自然増やセーフティーネットを抜本的に充実させる必要性を踏まえれば、税による負担の分かち合いによる確実な財源基盤の構築は、不可欠です。
際限なく国債を発行できるかのような主張もありますが、現状では理論に過ぎません。実証されていない理論に基づいて、政策を提唱することは研究者として望ましいとは思えません。税という確実な形の財源調達の基盤を整えることは最低限必要です。
ビジョンがない政府・与党
税のあり方について、現政府・与党は、総体的なビジョンがないまま弥縫策を積み重ねているようにしか見えません。
減税で投資や消費を刺激すれば景気にプラスになるという程度の短絡的な対策を繰り返しているだけで、5年後、10年後の税とセーフティーネットの両面を合わせた総体的な財政のビジョンが判然としません。
例えば、政府は、75歳以上の後期高齢者が医療機関で支払う自己負担割合について、単身世帯の「年収200万円以上」を基準に1割から2割に引き上げる方針を固めました。政府は、世代間格差の解消を理由の一つに挙げています。けれども、後期高齢者の自己負担を2割にしたところで、現役世代の年間の保険料負担は1人当たり平均で1000円程度しか減らないとされています。一方で、後期高齢者の負担は、1回につき窓口負担が2000円だったものが、4000円になるわけで、非常に痛みを伴う負担増になります。現役世代の負担軽減にならず、特定の年代に痛みをもたらす政策です。高齢者からすれば、「何のために税や保険料を払ってきたのか」という話になり、租税抵抗が高まります。財政運営上も不毛だし、国民の連帯という観点からも世代間の分断に火に油を注ぐような筋の悪い政策です。
世代間格差の解消をめざすのであれば、公的な住宅手当を創設するなど、現役世代に受益が向かう方向で改革すべきです。
示すべき対抗軸
ビジョンを欠いた現政権・与党の税のあり方に対して、どのような対抗軸を示すことができるでしょうか。
私は慶應義塾大学の井手英策さんが訴えているベーシックサービスの保障を強く支持しています。医療や子育て、介護、障害、失業などの誰もが直面し得る生活上の困難に対して、すべての人にできるだけ無償のサービスを保障する。そうしたセーフティーネットがあれば、人々の生活は困難に直面しても決定的に行き詰ることはありません。それは人々に安心感を提供します。
安心できる社会の構築は、経済政策にもなります。将来不安が人々の消費を縮小させていることは間違いありません。ベーシックサービスの保障によって将来不安を解消することは、消費需要の増加につながる経済政策でもあります。
しかし、政府への信頼感が高まらなければ、「増税してセーフティーネットを拡充する」と言われても、多くの人は自分の生活が安定するようになるとは思いません。税の使い道に関する不信感が高ければ、「減税の方がまし」と考える人が多くなるのも理解できます。
コロナ禍でも減税を求める声が高まりました。その背景には、政府への信頼感の低さがあります。しかし、命や生活にかかわるサービスをお金を払って購入しなければならない構造を変えない限り、多少の減税があったところで焼け石に水です。それは、全国民に現金を配るベーシックインカムにしても同じでしょう。例えば7万円のベーシックインカムを得たとしても、医療をはじめとした命や生活にかかわるサービスをお金で買わなければいけないのであれば、困窮する人たちがたちまち現れるでしょう。だからこそ、まずはベーシックサービスを保障することが重要なのです。
ベーシックサービスの保障を訴えたとしても、増税を伴うと言った途端、現在の政治情勢では、相当な労力を割いて人々を説得する必要があります。けれども、先行きが不透明な時代に将来を切り開く道はそこにしかありません。例えば住宅手当など、今回、緊急的に拡充された生活保障にかかわる制度を恒久的な制度へと変えていくことは一つの戦略となり得ます。
ベーシックサービスのビジョンを示し、その必要性を、確信を持って国民に訴えかける政治勢力の発展を期待しています。