特集2021.01-02

「コロナ」から考える政治と生活「言うべきことは言う」
政治のタブー視を乗り越えるために

2021/01/15
政治の話はなぜタブー視されがちなのだろうか。政治についてもっと語り合うためには何が必要なのだろうか。『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)で政治のタブー視を分析した、上西教授に聞いた。
上西 充子 法政大学教授

政治のタブー視の背景

政治は自分から遠いもので、何か言うと面倒なことになるし、漠然と遠ざけている。そういう人が多いのではないかと思います。そうやって政治を遠ざけることのできる人は、政治に関して「困っている」という当事者としての意識が薄いのではないでしょうか。

一方で、政治の争点の当事者だからこそ、政治を語れないという人たちもいます。例えば、沖縄の基地問題。現地の人たちは、さまざまな利害関係が絡み合う中で暮らしているからこそ、基地問題を語りづらくなっています。政治を語ることがタブー視されるといっても、さまざまな状況があります。

多くの人にとって、政治は遠いものであえて近付く必要はなく、面倒なものだと認識されているのではないでしょうか。ただ、「コロナ対応」では都道府県で対応が分かれたことで、政治を身近に感じた人が増えたかもしれません。

新型コロナウイルスへの対応には、さまざまな意見があります。観光業者と医療従事者では立場が異なります。それぞれの立場を慮るからこそ、発言を控えるようなこともあるかもしれません。でも、それぞれの立場の人が、まずは自分の立場から言いたいことを言い、そこで見えた現実をどう調整するかが政治の本来の役割ではないでしょうか。

声の上げ方を工夫することで、発言しやすくなる場合もあります。例えば、一人では言いづらくても、みんなの意見として言えば伝えやすくなります。

コロナ禍では、さまざまな当事者団体から声が上がりました。声を上げなければ見捨てられてしまうという切迫した状況がそうさせたのだと思います。

言うべきことは言う

『呪いの言葉の解きかた』という本を書いた動機の一つに、人々が問題に直面したとき、何もせず諦めてしまうという状況を何とか打開できないかという思いがありました。何かの問題に直面しても、変えようと思えば事態を改善できる。そういう意識を広げることが狙いの一つでした。

この間、少しずつではありますが、勝ち取った成果はあります。例えば、「検察庁法改正反対」。動かないと思っていた事態が、声を上げることによって動きました。成功体験として、その手応えを共有することが大切だと思います。諦めていたら何も変わらないし、変えようと思えば変わることもあります。

黙っていた方が楽なこともあります。当たり障りなく過ごした方が無難というのが、これまでの風潮でした。でも、それも変わりつつあります。大坂なおみさんが人種差別問題に抗議した時、その言動を支持する人たちがたくさんいました。言うべきことは言うことが大切だと考える人が増えれば、政治の話はタブーではなくなっていくと思います。

発言を支えてくれる人たちがいることは、言うべきことを言うためにも、とても大切です。私の場合も、大学が発言の自由を支えてくれたことは大きな力になりました。

身近な人の存在も、行動するための力になりました。過労死を考える家族の会の中原のりこさんが、渡邉美樹参議院議員(当時)の発言に抗議し、発言を撤回させた行動を見て、私も黙っているわけにはいかないと決意しました。そういうふうに、その人に倣っていこうと思える人がいることは重要だと思います。

「私たち」という感覚を生み出す

政治の話がタブー視されないようにするには、言うべきことは言うという大きな雰囲気づくりが必要です。そのためには、言葉が大切で、人々が主体的に行動し、かつ、連帯するような言葉が求められます。オバマ元大統領の選挙キャンペーンの「YES WE CAN」のように「私たち」という言葉が、日本にもほしい。

2018年に制作された映画『パブリック 図書館の奇跡』は、大寒波が押し寄せる夜、行き場を失くしたホームレスたちが図書館に立てこもるところから物語が展開し、図書館員とホームレスたちが連帯する姿を描いています。その中で、主人公たちが『I can see clearly now』という歌を歌います。そこでは、雨が止んで視界がクリアになって目の前にある障害物がはっきり見えるというようなことが歌われます。ポイントは、視界が開けた際に見えるのが、「お花畑」のような楽園ではなく、「障害物」であるということ。何が自分の進路を邪魔していたのかがわかることが大切なのです。それによって、その障害物を取り除くために、何をすればいいか、誰に働き掛ければいいかがわかるようになります。

映画の中で、事態が動いたのは、主人公がホームレスの男性の話を聞いたことが一つのきっかけでした。まずは相手の話に丁寧に耳を傾けてみる。そうするとその人が語り出す。そしてその言葉を受け止めた人が別の語りを始める。そうやって、つながりが少しずつ広がることで、「私たち」という感覚が生まれる。「私たち」という感覚は最初からあるのではなく、具体的なかかわりの中で築かれるものです。

大きな雰囲気として、発言しやすい環境を整えていくこと。そこから、連帯の輪を広げて、「私たち」という感覚を生み出していくこと。そういうふうに人々が主体的に発言し、活動できる場をつくっていくことが、政治のタブー視を抜け出すきっかけになるのではないでしょうか。

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