特集2021.01-02

「コロナ」から考える政治と生活「水道の再公営化」から学ぶ
地域からの政治参加

2021/01/15
欧州では水道民営化の弊害から再公営化の動きが進んでいる。その背景には、地域から政治の変革を求める運動があった。水道の再公営化という事例から、地域の政治参加を学ぶ。
岸本 聡子 トランスナショナル研究所
(TNI)研究員

民営化のデメリット

水道民営化の始まりは意外と古く、欧州では30〜35年の歴史があります。

水道のようなインフラの民営化(官民連携含む)は、25〜30年の長期契約を結ぶことが一般的です。近年、水道民営化の問題点が数多く指摘されるようになった背景には、契約の切り替え時期に差し掛かったことがあります。民営化の効果を検証したところ、水道の民営化は、コストや投資、サービスの質、長期的運用など、すべての指標で想定されたような成果を上げていなかったのです。世界各地で水道を再公営化する自治体が増えてきたのはそのためです。水道民営化のデメリットが明らかになったのです。

では、民営化のデメリットとは何でしょうか。

一つは、透明性を確保できないことです。水道のような公共性の高いサービスの運営では、水質や安全だけではなく、財務、技術の選択、労働、投資、環境などに関する透明性の確保が不可欠です。公営の場合は、議会を通じて情報公開などを求めることができますが、運営が企業に委ねられると公的な関与が弱くなるという根本的な問題があります。

気候変動対策のために、エネルギー、交通、水道などのインフラを国や地方自治体が公共政策として統合的に調整する必要性が高まっています。しかし、民営化とは基本的に、統合性を分断する行為です。民営化によって、気候変動対策のような公共性の高い政策を実現できるのかが疑問です。

企業の本質的な問題

また、企業という短期的な利益を追求する組織に水道サービスを委ねる危険性も指摘できます。企業は、利益を上げることを至上命題とする組織です。そうした本質を持つ企業が、水道のような公共性を持つサービスを運営する社会的な意味を考える必要があります。

水道の運営にはさまざまな規制があります。企業は水道事業を請け負ったとしても、例えば簡単に料金を上げることはできません。そこで企業が何をするかというと、労務費をカットし、必要な投資を怠るようになります。その結果、起きるのはサービスの低下と危機への耐性の低下です。

気候変動の影響で豪雨が頻発しています。膨大な雨水を処理するために設備の強化が必要です。ところが、利益を上げるために企業が必要な投資を怠ったことで、避けることのできた浸水の被害を受けるような事態が、欧州では実際に起きています。

水道のような命にかかわるサービスは、無駄か無駄じゃないかという基準で判断されるものではなく、命と環境を守るという長期的な視点から運営される必要があります。これは短期的な利益を追求する企業という組織が最も苦手とするものです。水道の運営を企業の手に委ねることには根本的な危険があります。

さらには、水道を民営化したことでコストがかえってかさんだという事例もありました。企業は水道運営費としては親会社への「知識料」や「広告費」を上乗せします。行政は、複雑な契約の締結や履行にコンサルや弁護士費用が必要ですし、紛争となれば膨大な「訴訟費用」が発生します。こうした費用を精査すると、自治体が直接運営した方が、労働者にきちんと賃金を支払った上で、節約もできることがわかってきました。

命と直結する水道を民営化する政治は、それ以外のものすべてを市場原理に委ねていることが多い。日本はその手前の段階にとどまっています。最後の一歩を踏み出す前に、欧州の苦い経験から学ぶことができます。

運動を担うのは地域

2008年の金融・経済危機は欧州社会を揺るがしました。欧州では、「緊縮財政」で公共サービスが縮小され、電気、水道、ガスのような「ユーティリティ」の料金を支払えない世帯が急増。お金がないという理由でこれらのサービスにアクセスできないことが許されるのかという根源的な問いが浮かび上がりました。

ポイントは「公的所有」の拡大です。人々の生活にとって欠かせないサービスを、人々の共有の財産とする「コモンズ」として、公的に所有し、民主的に管理しようとする考え方が広がっています。水道の再公営化を求める運動は、その一つの象徴として戦略的に展開されています。

そうした運動の主体になるのが地域です。欧州では、水道の再公営化をはじめ、革新的な取り組みを進める自治体が増える中、「ミュニシパリズム」(地域主権主義)や「フィアレスシティ」(恐れぬ自治体)という言葉が広がっています。国やEUが市民ではなく大企業のために政治をしている状況に抗して、地域住民が主体となって新自由主義的な政策からの転換を実現しようとしています。

地域住民が集まり、ごはんを食べながら、対話、議論、討論を行い地域のビジョンを作ります。住民の潜在的な不安や不満を前向きな運動につなげることを、時間をかけて丁寧に取り組んでいます。

対話とは変化をめざすものであり、人々を勇気づけるプロセスです。日本では、家庭でも学校でも職場でも対話の機会やトレーニングが不足しているように思います。違う意見を交わし合い、共通の目標のために進むのは簡単なことではありません。民主主義の練習の場は、私たちすべての人の周りにあります。

市民と労働組合の連帯

労働組合が、多くの場合再公営化に反対するのは十分な理由があります。再公営化によって労働条件が低下する恐れや、協約を結び直したりする必要があるからです。しかし、近年はそうした姿勢にも変化がみられるようになりました。国際公務労連(PSI)は2020年、労働者が再公営化に取り組むための労働組合向けガイドブックを作成。民営化の弊害や公的所有への移行に労働者が関わる考え方をまとめました。

労働者の権利を守り、住民とともにより良いサービスを追求する。労働組合と市民の連帯が始まっています。

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