特集2021.11

「労働時間」問題の現在地
働き方の変化はどう影響するのか
IT業界の長時間労働の是正へ
業界構造の変革も必要

2021/11/12
長時間労働が指摘されてきたIT業界だが、近年「働き方改革」も進んできた。多重下請け構造などの業界構造を見直すことも求められている。
春川 徹 情報労連副中央執行委員長
前情報労連政策局長

多重下請け構造に起因する長時間労働

日本のIT業界は、国内企業からのオーダーメイド型の受託開発をいまだ中心とした、ピラミッド型の多重下請け構造になっている。他の業界に比べて長いとされる労働時間は、こうした業界構造も一つの要因といわれている。

厚生労働省が2018年に情報サービス産業協会(JISA)などに委託して行った「IT人材の長時間労働削減に向けた企業実態調査」によると、受注時の「不明確な仕様」や「短すぎるプロジェクト期間」が長時間労働につながる影響が大きい項目として上位に挙がり(グラフ)、管理や取引時には、「プロジェクト途中での仕様変更」「社員の人員が十分に投入されないこと」などが、長時間労働につながる影響が大きい項目として挙がった。このように日本のIT業界では、発注企業から受託企業への丸投げ的な契約や不明確な要件定義によって手戻り作業などが発生し、その結果、現場のIT労働者の長時間労働に至っている。

受注時における契約や提案の内容と長時間労働の関係
JISA『IT人材の長時間労働削減に向けた企業実態調査』

業界全体で「働き方改革」

厚生労働省はこうした状況を受けて、業界団体や有識者とともに、長時間労働や商慣行の是正に向けた取り組みを行ってきた。2014年には、『働き方・休み方改善ハンドブック 情報通信業(情報サービス業編)』を発行。その後、2018年には『働き方改革ハンドブック 情報通信(情報サービス業編)』、2019年と20年に『働き方改革 実践の手引き』を発行した。これらの取り組みには情報労連も労働者代表として議論に参画してきた。

例えば、18年のハンドブックでは、「プロジェクト特性」や「受注時」「プロジェクト運営時」などのフェーズごとに、問題点を指摘。仕様変更に対しては、あらかじめルールや対応方法を決めるか、変更を前提とした開発体制・手法を採用することを推奨したり、追加工数に対しては、追加工数の責任を明確にし、必要人員のコストを確保するよう推奨したりした。翌年のハンドブックでは、好事例集などを紹介している。

業界構造の見直しへ

ただし、これらは個別企業での取り組み事例が多く、業界全体の構造を変えていくまでには至っていない。

商慣行を変えていくためには、ユーザー企業側の理解を高めるとともに、ユーザー企業とベンダー企業が、受発注の関係から対等なパートナーの立場になることが求められる。そのためには、技術者のレベルに関係ない一律料金を用いて算定する傾向が根強い価格設定を見直し、製品や技術、サービスの価値に基づく適正な価格設定の仕組みづくりを含むガイドライン(納期・コスト・品質等の目安)を策定することなどが求められる。

商慣行については、JISAが中小企業庁の下請け取引適正化のガイドラインなどに基づき、「自主行動計画」を策定している。また、今年10月、公正取引委員会は、IT関連のソフトウエアやシステム開発を担う下請け企業2万社を対象に取引実態の調査に乗り出すと発表した。こうした産業全体の取引慣行の適正化を促進していくことが大切だ。

多重下請け構造は、不要なオーバーヘッドコストの発生、階層間の技術者の処遇格差、偽装請負などのコンプライアンス上の問題などにつながり、業界全体の非効率、非収益の背景にもなっている。経済産業省の『DXレポート』が指摘するように、さまざまな産業でDXを実現するためにも、IT人材とりわけ最新技術者の育成をはじめ、ベンダー企業のみならずユーザー企業におけるIT人材の確保、受託開発型から提案サービス提供型のビジネスモデルへと移行など、業界構造を変革していく必要がある。

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