特集2021.11

「労働時間」問題の現在地
働き方の変化はどう影響するのか
裁量労働制はどうなる?
実態調査から見えたこととは

2021/11/12
厚生労働省は今年6月、「裁量労働制実態調査」を公表した。不適切データ問題を踏まえた調査結果から見えてくることとは? 裁量労働制の今後を展望する。
上西 充子 法政大学教授

不適切データ問題からの経緯

厚生労働省は今年6月、「裁量労働制実態調査」の結果を公表しました。

この調査は、2018年の裁量労働制に関する不適切データ問題を受けて、昨年あらためて行われたものです。安倍首相は2018年1月の予算委員会で「裁量労働制で働く人の労働時間は、平均的な人で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と答弁しましたが、根拠となる調査に不適切なデータが数多く含まれていることが判明し、裁量労働制の拡大を見送った経緯があります。

厚生労働省では、今回の調査結果を受けて、専門家による検討会(「これからの労働時間制度に関する検討会」)が設けられています。検討会では、適用労働者の「満足度」などを理由に制度の拡大が容認される可能性もあります。

しかし、適用労働者の8割が満足している(「満足」+「やや満足」)からといって、制度を広げていいのでしょうか。その点でも、これまでの経緯を振り返っておく必要があります。

そもそも、政府が2018年に裁量労働制の拡大を国会に提出した際、政府は裁量労働制の方が労働時間が長いという都合の悪い調査結果を隠して、不適切に加工された別の調査結果をあえて答弁に使ったという経緯があります。政府は、自分たちに都合のいいデータをもとに、「裁量労働制の方が柔軟に働ける」「働く人のための改革である」というイメージを振りまいてきました。しかもそのデータは、比較が不適切であるだけでなくデータとしても問題があるものでした。

今回の調査は、そうした経緯を踏まえて行われたため、しっかりした調査内容になっています。その結果、裁量労働制が適用されている労働者の1日の平均労働時間は、適用されていない労働者より約20分長いことが明らかになりました(グラフ1)。これにより、2018年の国会審議では政府側が認めていなかった実態が、数字の上でもはっきりしたということです。この事実は押さえておく必要があります。

検討会でも、制度に好意的なデータだけを見るような発言もありますが、今回の調査を生かして、不都合なデータにも目を向けて議論する必要があります。

グラフ1 1日の平均実労働時間数・1カ月の平均実労働時間数・平均労働日数

厚生労働省『裁量労働制実態調査』

実態調査を読み解く

これまでの裁量労働制の議論では、制度を広げると残業代が支払われなくなり、長時間労働が悪化するという懸念がありました。今回の調査結果を見ると、適用労働者の方が労働時間の平均は確かに長いものの、心配されていたほどの違いはありませんでした。

しかし、だからといって適用対象を広げていいということにはなりません。

裁量労働制が適用されていることに対して、不満(「やや不満である」+「不満である」)と答えた人は、専門型で20%弱、企画型で15%程度いました。

「仕事の満足度」と「健康状態の認識」を掛け合わせた結果を見ると、「仕事の満足度」が高いと、「健康状態」も「よい」という割合が高くなっているのですが、「仕事の満足度」が低いと「健康状態」も「よくない」という割合が高くなっています(グラフ2)。

また、年収が低いほど「満足度」が低い傾向がはっきり出ています(グラフ3)。

1週間の実労働時間が60時間以上の適用労働者も1割弱いました。週60時間以上は、月80時間以上の時間外労働に近い数字です。裁量労働制が適用されることで、時間外労働の上限規制が実質的に機能しなくなっている恐れもあります。

これは、「問題があるとしても1〜2割だからいい」ということではなく、制度を広げることで、こうした人たちを増やす可能性があるということです。制度の悪い面にも目を向け、そこに対する歯止めがあって初めて、適用対象を広げることも考えられるのではないでしょうか。

調査結果を踏まえれば、年収要件や勤続年数要件の導入が、問題の歯止めになる可能性が考えられます。

1日の平均みなし労働時間と実労働時間の比較を見ると、「労働組合あり」の方が、みなし時間と実労働時間との差が「労働組合なし」より大きいという結果も明らかになりました。この結果からは、労働組合が、実際の労働時間をコントロールできていない可能性が示唆されています。運用面でどのように歯止めをかけるのかも課題です。

グラフ2 健康状態の認識(仕事の満足度別)
グラフ3 裁量労働制の満足度(昨年の年収階級別)

裁量をどう見るか

裁量労働制になれば早く帰れるとか、自由に働けるというイメージも正確ではありません。

調査結果では、「1日の仕事でぐったりと疲れて、仕事を終えた後は何もやる気になれない」(「よくある」+「ときどきある」)の回答は54.6%に上り、「時間に追われている感覚がある」という人も8割弱いました。

つまり、裁量労働制と言っても、もともと過密な働き方をしている人が多少なりとも時間をコントロールできるようになるということでしかありません。柔軟な働き方にしても、フレックスタイム制のように出退勤の時間を自由に選べる制度は別にあります。

制度が適用された場合に実際に裁量があるのかという点にも課題はあります。業務の目的や目標、期限などの基本的な事項について、「自分に相談なく、上司(または社内の決まり)が決めている」という人が約1割いました。裁量があるとは言い難い状況です。自分の1日のみなし労働時間が「わからない」と答えた人も専門型で4割もいました。

一方、非適用労働者でも、役職が上がるほど裁量の度合いが高くなっています(グラフ4)。裁量労働制が適用されていなくても、裁量を持って働けている実態があるということでしょう。

グラフ4 仕事の程度(具体的な仕事の量・内容)

厚生労働省『裁量労働制実態調査』

原点に立ち返った議論を

仕事の指示の有無などは外からは見えづらいものです。裁量労働制は、どこから「裁量がない」と訴えることができるのか、とてもあいまいで、制度適用後に「不適切」だと訴えることが難しい制度です。例えば、残業代なら、労働時間という客観的な指標がありますが、裁量労働制だとそうした基準が見えづらくなります。労働者が声を上げるための客観的な基準が失われることにもつながります。

時間管理が難しいからといって、労働時間によらない健康管理という論理に道を譲るのはかなり危険です。労働者の権利を守るという観点からも、労働時間という客観的な歯止めは大切にする必要があります。

労働基準法は、労働基準の最低限の要件を定めた法律です。裁量労働制に満足している労働者がいるからと言って、制度を安易に広げれば、過重労働や不払い残業を強いられる労働者が必ず出てしまいます。労働基準法の原点に立ち返った議論が必要ではないでしょうか。

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