特集2021.11

「労働時間」問題の現在地
働き方の変化はどう影響するのか
労働時間規制は「古い」のか?
時間管理の自己責任化を食い止めるべき

2021/11/12
働き方が多様化する中で、労働時間管理は、労働者本人に任せるべきなのだろうか。それは何をもたらすのだろうか。労働時間管理の現代的な意義を問い直す。
渡部 あさみ 岩手大学 人文社会科学部
准教授

労働時間の合理化

1980年代後半以降、日本の労働時間管理は柔軟化が進められてきました。1987年の労働基準法改正では、変形労働時間制が大幅に拡充されるとともに、フレックスタイム制やみなし労働時間制が導入され、1998年には「企画業務型裁量労働制」が導入されました。2018年には「高度プロフェッショナル制度」が創設されています。

労働時間管理の柔軟化は80年代後半以降の変化に注目が集まりがちですが、日本企業はその前から労働時間管理の合理化を進めてきました。その対象はブルーカラー労働者でした。

変化は次のようなものでした。例えば、最初は、工場の門に入ってから工場の門を出るまでが労働時間だったものが、次第に作業の現場に到着してからが労働時間になり、次には作業に取り掛かる段階からになり──。このように、ある種の労働強化が、ブルーカラーの職場では1980年代にかけて行われてきました。

このブルーカラーの労働時間管理の合理化が一定の限界を迎え、1980年代後半以降、合理化の対象になったのがホワイトカラーの働き方でした。企業はホワイトカラー労働者の労働時間管理を合理化するために、労働時間管理を柔軟化させる戦略を打ち出してきました。

労働時間管理の柔軟化が合理化と結び付くのはなぜでしょうか。例えば、変形労働時間制であれば、繁閑に合わせて労働時間を合理化できます。みなし労働時間制であれば、13〜14時間かかっていた仕事に8時間のみなし労働時間制を導入すれば労働時間を「合理化」できます。このように使用者側は、労働時間管理の柔軟化を合理化に結び付けてきました。

労働時間規制は古いのか?

「時間ではなく成果で評価する」という考え方は、使用者がずっと持ち続けてきた考え方です。

働き方の多様化に伴って、「工場法時代の労働時間管理は古い」という指摘もあります。果たしてそうなのでしょうか。確かに変えなければいけない面があるのは事実です。ライフスタイルが多様化する中で、一律的な労働時間管理だけでは対応できなかったり、グローバル化への対応も必要だったりします。

しかし、古くないものもあります。その一つは8時間労働です。8時間労働は、労働運動の出発点であり、現代においてもディーセント・ワークの基盤であり続けています。8時間労働は、労働者の心身の健康を守る上で、欠かせない要素であり、どんな時代でも守っていくべき指標ではないでしょうか。

働く人の心身の健康を守ることは、企業の社会的責任であり、それを問う声は、CSRやESG、SDGsなどを受けて、近年ますます高まっています。企業の社会的責任を果たす上でも8時間労働を念頭に置いた適切な労働時間管理は今も大切な役割を担っていると言えます。

では、労働時間管理の現代的な役割とは何でしょうか。

ホワイトカラー労働の特性は、(1)非「一所一斉型」であること。みんなが一つの場所に集まって、一斉に働くのではない働き方であること(2)同じ仕事の繰り返しではないため、業務の機械化や標準化が難しい仕事であること──とされています。こうした特性があることから、ホワイトカラー労働者の労働時間は長くなる傾向が否めません。

ホワイトカラーの仕事が複雑で管理が難しいことから、その労働時間管理をホワイトカラー労働者自身に任せてしまい、仕事の成果だけで評価しようという流れがあります。しかし、複雑な労働だからこそ、上司や経営トップが適切に仕事の管理に関与しなければ、労働者の心身の健康を保つことも難しいのではないでしょうか。「自己責任」の風潮がある中で、「仕事ができないのは能力が低いからだ」「もっと頑張らないといけない」と捉える労働者も多い中、労働時間管理の自己責任化は労働者を過重労働に追い込みかねません。

職場の先輩や上司がきちんと管理したり、指導したりすれば、そうした問題も少なくなるかもしれません。でも、人事制度が成果主義化する中で、協力できる体制が崩れていたり、仕事を個々で抱えざるを得ない状況が出てきたりしています。こうした状況の中で働く人の心身の健康を守るために、労働時間管理を適正化する必要性は高まっています。

経営にとってもマイナス

労働時間の自己責任化は、経営にとってプラスになるでしょうか。「時間ではなく成果で」という考え方は、経営者にとって合理的なように見えます。しかし、労働時間管理の自己責任化は、チームで働く強みを生かせない組織を生み出すことにもつながりかねません。

ある企業が「働き方改革」を実践した際、最初に取り組んだのが、誰がどの仕事を抱えていて、どのくらい進んでいるのかを把握することでした。取り組みを始めた当初、その会社では、誰がどの仕事をどの程度できるかもわからず、この人はこのくらいの仕事ができるという能力もわかっていませんでした。

会社の目標を達成するためには、誰がいつまでに、どのくらいの仕事ができるのかを把握しておくことが欠かせません。管理を自己責任化するということは、それがわからなくなるということ。中・長期的な視点に立った時に、会社のプラスにはなりません。

先行研究では、仕事のできる人に業務が集中し、長時間労働になる傾向が指摘されています。労働時間の自己管理化は、働く人をつぶすような管理にもつながります。仕事の進み具合などを把握し、それを踏まえた育成などもできず、人的資源の有効活用にもつながりません。

複雑なホワイトカラー労働を「見える化」するのは大変ですが、それでもそれを把握して、管理する視点は健全な企業経営のために、今、まさに求められることではないでしょうか。

テクノロジーの発展と労働時間

テクノロジーの発展に伴う、労働時間のあいまい化は、インターネットや携帯電話の普及とともに、1990年代から指摘されています。森岡孝二『働きすぎの時代』(岩波書店、2005年)では、ジル・A・フレイザー『窒息するオフィス』(岩波書店、2003年)を引用しながら、上司からの電話やメールに24時間週7日体制で対応せざるを得ないアメリカ人の姿を紹介しながら、そのことが日本でも起きていることを指摘しています。コロナ禍でテレワークを本格的に導入した企業が増えましたが、「つながらない権利」など、労働時間と生活時間を切り離す議論が求められています。

働き方の多様化では、副業も促進されていますが、副業は労働時間管理の自己責任化に結び付くものと言えます。また、副業は企業にとって本来期待すべき労働力の提供が、それを下回る水準で提供される可能性をはらんでいます。また雇用の請負化も労働時間管理の自己責任化を促進する危険性もあります。労働時間管理の自己責任化が進んできましたが、果たして、自律的に働けるホワイトカラー労働者はどれくらいいるのか、慎重に議論する必要があると思います。

働く人の心身の健康を守るという企業の社会的責任を果たすためにも、労働時間管理の自己責任化を食い止める必要があるのではないでしょうか。また、そのために労働組合に求められる役割は大きいのではないでしょうか。

『時間を取り戻す 長時間労働を変える人事労務管理』
(旬報社、2016年)
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