「労働時間」問題の現在地
働き方の変化はどう影響するのか在宅勤務は男女の
家事・育児時間にどう影響した?
准教授
在宅勤務を巡る男女格差
コロナ禍で家族生活がどう変化したのか、中京大学の松田茂樹さんらと、小規模ですが量的な調査を行いました。
対象は、リサーチ会社に登録している全国の25〜44歳で、配偶者と子どものいる人です。1回目の調査は、2020年11月に行い、1000人を対象に調査票を郵送し、626人から回答を得ました。2回目の調査は、1回目の調査に回答した人を対象に今年5月に行い、621人に調査票を送付し、503人から回答を得ました。
データを分析してわかったことをいくつか紹介していきます。
まず、在宅勤務を巡る男女差がかなりはっきり出ました。在宅勤務の経験率は男性の方が圧倒的に高かったのです。
昨年5月時点における男性の在宅勤務の経験率は26%だったのに対し、女性は12%でした。今年5月の調査では、男性の経験率は12〜14%に下がったものの、女性も7〜8%に下がりました。このように在宅勤務の男女の経験率には大きな開きがあります。
研究グループの他のメンバーが、男性の在宅勤務を経験した男性のデータを分析したところ、男性の中でも一定の属性の人に偏っていることがわかりました。在宅勤務を経験した人は、正社員、高学歴、専門職、大企業勤務、高技能サービス業従事といった属性を持つ人に偏っていました。そうした指摘は以前からありましたが、仮説通りの結果に驚きました。
在宅勤務の経験率の男女間の格差も同じ理由から説明できると思います。男女間での正規雇用率や、業種の分布の違いが背景にあると考えられます。
在宅勤務ができる労働者とそうではない労働者の構図は今後も残り続け、働き方の柔軟性という意味でも格差が広がるかもしれません。
夫の家事・育児時間の変化は?
では、家事や育児にかかわる時間は、コロナ禍でどう変化したでしょうか。
まず、在宅勤務をしていない人も含め全体の変化を見てみます。男女の食事関連の家事時間(食事の準備や片付け)について、2020年1月から今年5月にかけての変化を見ると、平均値の比較では男女の格差は少し縮まっています。具体的には、女性を100とした場合の男性の遂行率は23%だったものが、今年5月は27.5%になりました。縮まったといっても、男女の格差は依然大きいです。
一方、在宅勤務の効果はどうだったでしょうか。夫が在宅勤務をしていると、夫の食事関連の家事の頻度が減りにくかったり、夫の買い物の頻度が増えやすくなったり、妻の食事関連の負担率が増えにくかったり──という結果が得られました。全体の在宅勤務経験率が低いので、全体での格差は大きく縮まったようには見えませんが、在宅勤務に限ってみると、家事時間に関しては、夫が在宅勤務をすることで夫婦間のギャップが若干縮小する傾向が見られました。
育児についてはどうでしょうか。2020年5月に在宅勤務をしていた男性を見ると、育児に関する妻の負担割合が減るという効果が見られました。しかし、今年5月には、そうした効果が見られませんでした。
昨年5月は最初の緊急事態宣言のもとで、保育園の登園自粛要請などで外部のサポートが利用しにくかったことが影響していると考えられます。今年は昨年に比べると保育園などが利用できるようになったことから、夫が育児にかかわる時間が減ったのかもしれません。その意味では、夫の在宅勤務が妻の育児負担の軽減に効果を発揮しているとは言えないかもしれません。
また、調査結果では、親族からのサポートが減った場合、女性の育児負担の割合が増加する傾向がはっきり出ました。親族からのサポートがなくなった場合、その穴埋めを夫ができるかというとそうではなかったということです。他方、妻が在宅勤務をした場合を見ると、育児に関する妻の負担率は減りにくいという結果でした。同じ在宅勤務でも、男女に与える影響は異なる可能性があります。
アメリカの調査結果
今回の調査とは別になりますが、アメリカでは在宅勤務する夫婦の組み合わせを踏まえた調査も行われています。その調査によると、夫婦ともに在宅勤務をしている場合、夫の家事・育児時間は増えるのですが、それ以上に妻の家事・育児時間も増えるため、ジェンダーギャップは縮まらないという結果になりました。
また、妻だけが在宅勤務している場合と、夫だけが在宅勤務している場合を比較すると、妻だけ在宅勤務をしている方が、妻の家事・育児負担がより大きく増すという結果になりました。
ただし、こうした調査には一致した知見があるわけではありません。ジェンダーギャップが縮小したという調査結果もあれば、そうではないという結果もあるのが現状です。
格差を解消するために
いわゆる「ワンオペ育児」がコロナ禍で変化したと言えるでしょうか。全体で見るとそれほど変わっていないと言えます。在宅勤務の影響は、夫が在宅勤務をしていると家事に関しては若干の効果があるようだけれど、育児に関しては、効果はあまりみられませんでした。
では今後、家事・育児の男女格差を縮小するために何をすべきでしょうか。
社会学ではこれまで、男性の家事・育児へのかかわりを促進するために三つの要因を挙げてきました。
一つ目は、家事や育児に使える時間がどれだけあるか、という時間の利用可能性です。
二つ目は、相対的資源、とりわけ女性が経済力を持つことです。女性の経済力が高まると、妻の発言権や決定権が高まるとされています。
三つ目は、固定的性別役割分業意識の解消です。
これらの要因を踏まえると、在宅勤務は、夫の時間の利用可能性を高めるものだと言えます。その意味で在宅勤務の推進は、家事・育児時間の男女間格差の解消のために、今後も重要でしょう。
ただし、調査結果からは、在宅勤務だけで問題を解消できるとは言えません。
まず、在宅勤務であっても、保育の機会を確保することは重要です。家で働いているから保育がいらないというわけではなく、保護者がどこで働いていようが保育の機会を確保することが欠かせません。それは、子どもの発達という点でも重要です。
また、在宅勤務のできる労働者の割合が少ないことを踏まえれば、在宅勤務をしていない男性の労働時間を短くすることが必要です。
さらには、女性の経済力を高める必要があります。コロナ禍の経済的なダメージをより強く受けたのは女性でした。その背景には、女性の非正規雇用率の高さや、働いている業種・職種の偏りなどの課題があります。労働組合が、女性の経済力を高める活動をさらに積極的に展開することを期待しています。
在宅勤務は、家事・育児時間の男女間格差を是正するための一つのきっかけになりますが、それだけでは十分ではありません。コロナ禍以前からあった問題に継続的に取り組みつつ、格差を是正していく必要があります。