「労働時間」問題の現在地
働き方の変化はどう影響するのか在宅勤務と過労死問題
労働時間のあいまい化が招くリスクと対応策
神奈川過労死対策弁護団
懸念される問題
在宅勤務の広がりで過労死等の実態が把握しづらくなるのではないかと懸念しています。
在宅での仕事という意味では、これまでにも「持ち帰り残業」が問題になってきました。過労死事件にかかわる弁護士として、過労死等と「持ち帰り残業」は、密接に結び付いていると感じています。
しかし、「持ち帰り残業」は、労災認定実務において労働時間として認められづらいという実態があります。例えば、自宅からのメールの送信記録があるだけでは、「点」としての労働時間しか認められなかったり、成果物があったとしても、ずっと働いていたかどうかわからないとされてしまったり。明確な作業命令がないと労災が認められません。
こうした現状を踏まえると、仕事とプライベートとの区別がつきにくい在宅勤務の広がりは、労災認定実務において労働時間の過少認定につながる可能性があると懸念しています。
在宅勤務特有の負荷
今年見直された「過労死大綱」では、テレワークについて、「テレワークやウェブ会議等のオンライン活用等における影響、先端技術の進展に伴う影響等にも目を向けて分析を行う」ことなどが盛り込まれました。課題を認識していることは評価できますが、大綱に反映されたからといって実務にすぐ反映されるわけではない点に注意が必要です。
在宅勤務に伴うストレスが労災認定実務にどのように反映されるかが大きな課題です。例えば、狭い環境で作業をするストレス、コミュニケーションを取りづらいストレス──。これまでの実務だと認定されづらかったこうした負荷がどう評価されるかに着目しています。
在宅勤務では、仕事がプライベートの中に入り込んでくることで生じるストレスもあります。ただし、そのストレスは業務上の負荷なのか、プライベートの負荷なのかがわかりづらいという問題があります。
実際、在宅勤務で、家事や育児と一緒に仕事をするのは大変です。にもかかわらず、その負荷が、仕事ではなく、プライベートに起因しているとされてしまうことには違和感があります。在宅勤務に特有のストレスなどを労災認定実務に反映していく必要があります。
労災として認定される労働時間についても、より柔軟に解釈されるべきです。例えば、事業所内で仕事をしていても、仕事中に水を飲んだり、トイレに行ったりすることはあります。それと同じように、在宅勤務中に身の回りのことを少しくらいしたとしても、労働時間として認めるべきだと考えています。
過重労働を防ぐために
テレワークに伴う過重労働を防ぐためには、仕事はここまでという線引きをすること、労働時間と生活時間の区切りをつける必要があります。
そのためには、まず正確な労働時間管理をすることや、申告しやすい環境を整えておくこと、適切な仕事量をアサインすることが重要です。
労働時間の把握では、パソコンのログオン・ログオフのように客観的な方法での把握や、残業をした場合でも申告しやすい環境を整えておくことが大切です。
また、労働時間と生活時間の区分をはっきりさせるためには、業務時間外には連絡をしない、返信を求めないというような「つながらない権利」を確保することも効果的です。
メンタルヘルスのためには、ストレスチェックや定期的な面談などでフォローアップしていくことが求められます。作業環境の面でも会社が環境整備に取り組む必要がありますが、実際の作業場所が自宅だとプライベートに立ち入ることになるので、バランスが難しいという問題もあります。
労働時間の正確な把握は人事評価のためにも重要です。実際は30時間かかった仕事を10時間でやったと報告されたらどうでしょうか。適切な仕事の評価や、効率化を行うことができません。
在宅勤務の広がりを受けて、柔軟な労働時間管理を適用しようとする動きもみられます。ただし、みなし労働時間制は、適用要件が限定されているので、安易に導入すると違法になる恐れがあります。特に事業場外みなし制度は、適法と認められるハードルは高いです。労働時間を柔軟にするのであればフレックスタイム制でも対応できます。労働時間を正確に把握する体制の整備が欠かせません。
仮に、「中抜け」をする場合でも、使用者と話し合って、ルールを決めておき、労働時間を把握することが重要です。
労働時間と生活時間の区別
在宅勤務は、家事と仕事の両立に資するところはありますが、過労死問題に取り組む弁護士としては、労働時間と生活時間はできるだけ分けた方がよいと率直に感じています。
その区別をあいまいにすることは必ずしも良いことばかりではありません。区別をあいまいにすることで生じるストレスがありますし、効率が良くなるとも限りません。過重労働を防ぐためにも、仕事への集中度を高めるためにも、仕事の時間と生活の時間は切り分けた方が適切ではないでしょうか。その意味で、労働時間法制を柔軟化して、その区別をあいまいにするような法改正には反対です。労働時間を把握するという原則は堅持すべきです。