特集2025.03

中小企業の春闘はここから
〜「格差是正」「底支え」へ
日本の企業間関係から見る中小企業問題
長期的な取引関係の良さの再構築を

2025/03/14
適正な価格転嫁を進め、中小企業の賃上げを実現するためには、日本の企業間関係の特徴を知り、それを踏まえた対応をすることが必要だ。では日本の特徴とは何か。識者に聞いた。
長谷川 英伸 日本大学准教授

日本の企業間関係の特徴

中小企業といえば、昔から「下請け」のイメージが強く、大企業との取引関係が「下請け問題」として問題視されてきました。しかしそこにはデメリットだけではなく、メリットも存在します。

日本の企業間関係の特徴は、長期的な取引関係にあります。日本では特に、長期的な取引関係がもたらすメリットが強調されてきました。その関係の特徴は、単発や短期の取引関係ではなく、企業同士がパートナーとして取引を中長期的に継続することにあります。

中小企業は、その関係によって安定した受注が見込めるため、新規の取引先を探す必要がなく、資源を生産に集中できます。その結果、中小企業であっても技術開発や製品の品質向上に取り組みやすくなるというメリットが生まれます。

一方、大企業にとっても新しい取引先を探すためのコストをかける必要がなく、信頼関係の上で安定的に部品などを調達できるというメリットがあります。

また、日本の長期的な取引関係のメリットは、中小企業が大企業から技術やノウハウを吸収できる点にあります。日本の大企業は「すり合わせ型」の生産方式を重視してきました。この方式では、一つの部品の不具合が製品全体に影響を及ぼすため、中小企業には一定の品質や技術力が求められます。そのため、大企業は中小企業に技術者を派遣して技術指導をしたり、生産設備の支援をしたりしてきました。中小企業はこうした関係を通じて、技術力を高め、競争力を向上させることができました。このように、大企業と中小企業が「ともに成長する」という考え方が日本の製造業の大きな強みになってきました。

アメリカとの違い

他方、アメリカの企業間関係は日本と異なる部分があります。アメリカでは市場取引が中心で、取引関係も特定の企業に依存しないのが一般的です。契約期間が終了すれば、市場の中から品質やコストを比較して新たな取引先を探します。

こうした関係のメリットは、時代の変化に対応しやすいことです。例えば電気自動車のように新しい製品への切り替えが進む際、企業はサプライヤーを柔軟に選ぶことができます。日本の場合、サプライヤーとの長期的な関係があるために思い切った変化を実行しづらい側面があります。そのためアメリカ企業の方が変化への対応スピードが速いといわれています。

こうした取引関係における中小企業のメリットは、より自立した経営ができることです。市場での取引がメインのため、価格交渉の際、「この価格では生産できません」という主張をしやすくなります。それにより、日本の中小企業のように取引の維持のために無理に値下げをする必要がなく、自社の利益を減らさずに経営できることがアメリカの中小企業の強みです。

海外から見た日本の強み

日本の長期的な取引関係がもたらす強みは、海外の研究者が数多く研究しました。その中で注目されたのが「関係レント」という概念です。関係レントとは、取引関係の中で互いに投資を行い、シナジーを発揮することで、通常の取引以上の超過利益を生み出せることを指します。これは、当時のアメリカの企業間関係には見られなかった日本独自の強みとして評価されました。海外の研究者から見ると、「資本関係がないのになぜ、そこまで支援するのか?」という疑問が生じます。日本企業では、長期的な取引関係を通じてともに成長することが合理的な戦略とされてきました。

ただし、長期的な取引関係にはデメリットもあります。その一つは、価格決定の主導権を大企業側が握ることです。大企業は、中小企業の品質向上には協力するものの、価格の引き上げに応じるかというとそうではありません。

大企業は、長期的な取引関係の中で、中小企業がどのくらいの価格で製品を生産できるのかを把握しています。そのため、大企業が「このくらいの価格でつくれるはずだ」という最低限の単価を決めてしまって、中小企業がそれに従わざるを得ないという状況が生まれました。中小企業は強固な「系列」関係の中で取引先を変えることが困難でした。

バブル崩壊後の変化

こうした長期的な取引関係をメインとする日本の企業間取引関係は、バブル崩壊後、大きく変化しました。特に1990年代以降、日本企業の取引関係はコスト重視へと大きく転換しました。景気の悪化に伴い大企業は、より安価な製品を求め、海外へ生産拠点を移すようになり、その中で従来の長期的な取引関係が徐々に失われていきました。

かつての長期的な取引関係は、完全になくなったわけではありませんが、大きく失われつつあります。特に、大企業がアメリカ型の経営手法を取り入れる中で、従来のように時間をかけて技術を育て、中小企業とともに成長していくというスタイルは減少しています。

現在、一部の大企業は、新しい技術や製品を自社で育てるのではなく、外部の企業から見つけ出し、M&A(企業買収)を通じて取り込む手法を採用しています。その結果、中小企業との協力関係は以前よりも希薄になっています。

長期的取引関係の再構築

こうした中で中小企業が生き残るためには、付加価値の高い製品をつくり、自社の競争力を高めることが重要です。そのためには、これまで自社で生産してきた製品の強みを再評価し、独自の製品を開発し、市場取引の中で新たな顧客層を見つけ出すことが求められます。

一方、日本の強みであった長期取引関係の良さを見直し、再構築することも重要になっています。日本の企業間関係が海外から高く評価されていたのは、それが互いに高め合う関係を築いていたからです。しかし、そうした関係はバブル崩壊以降、急速に失われ、大企業もその価値を見失いつつあります。これが現在の日本経済の弱さの一因になっているのではないでしょうか。短期的なコスト削減に頼るのではなく、互いに成長できる仕組みを再びつくり上げることが、日本企業の競争力回復につながります。

その関係を再構築するには、異業種交流の場を増やし、企業間のヨコのつながりを強化することが重要です。

「社会的分業」を取り戻す

適正な価格転嫁に向けて大切なのは、取引を長期的に捉え、コストではなく未来への投資と位置付けることです。短期的なコスト増を理由に価格転嫁を拒めば、中小企業は存続できなくなります。

そのため、国内の中小企業が本当に消えてもよいのか、という視点を持つことが必要です。人件費の引き上げも単なるコストではなく、人材確保や育成を通じた将来の成長への投資と捉えるべきです。それが日本の産業基盤を支え、ひいては地方創生にもつながります。

かつての「一億総中流」が実現できたのは、仕事のすそ野が広く、「社会的分業」が成り立っていたからでした。仕事を分け合い、支え合うという「社会的分業」の考え方を取り戻すことが、持続可能な日本経済を生み出す鍵となるはずです。

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