「新時代の日本的経営」から30年
雇用システムはどう変わったのか?労働法制は非正規雇用の増加にどう対応したのか
残された課題と求められる改正とは?


非正規雇用を巡る法改正
非正規雇用を取り巻く問題は、大きく分けて二つあります。一つ目は、雇用の不安定性。二つ目は処遇の低さです。労働法はこの30年間、これらの課題に対応しようとしてきました。
具体的に見ていきましょう。一つ目の雇用の不安定性に関しては、2012年に労働契約法が改正され、18条と19条が新設されました。18条はいわゆる「無期転換ルール」で、19条は「雇い止め法理の法定化」です。
二つ目の処遇の低さに関しては、1993年にパートタイム労働法が制定され、通常の労働者と均衡のとれた待遇の確保に努めるという条文が盛り込まれました。その後、2007年にパートタイム労働法が改正され、差別的取り扱いの禁止に関する条文が導入されました。ただし、この改正で対象となるパートタイム労働者は全体の1〜2%というごく限られた範囲のものでした。
続いて2012年には労働契約法20条が新設され、不合理な待遇差を禁止する条文が規定されました。これとほぼ同じ条文が2014年の改正パートタイム労働法に盛り込まれ、2018年に制定されたパート・有期法8条に統合されました。この間、派遣労働者との均衡待遇に関する法改正も進みました。
法改正の効果は?
このように労働法は法改正を進めてきましたが、問題は、それらの法改正が課題解決にきちんと機能したかです。
まず、雇用の不安定性に関しては、労契法18条を介して「無期転換」が進み、雇用の安定は一定程度実現しました。しかし、一方で、企業が更新上限条項を設けて雇い止め法理を回避する手法も広がりました。雇い止め法理が機能するためには、期間の定めのない労働契約と同じような状態になっているか、雇用継続に関する合理的な期待があることが必要です。しかし企業は更新回数にあらかじめ上限規定を設定することで、その状態を回避するようになりました。このように雇用の安定を図るための仕組みが、かえって雇用の不安定を招く逆機能を果たすという問題も同時に起こりました。
一方、処遇の低さに関しては、現在の法規制の限界が見えてきました。パート・有期法8条は、不合理な待遇差を設けてはならないとしていますが、この不合理という言葉の解釈が問題になります。つまり、不合理という言葉は、「合理的ではない」ことを指すのか、それとも合理的ではないが不合理でもないというグレーゾーンが存在することを認めるのかということです。判例や通説では、後者の考え方が強いです。その結果、待遇差の根拠を明確に説明できなくても、法が是正するほどの違法性はないという判断になり、待遇差は「問題なし」とされてしまいます。
不合理な取り扱い禁止規定により手当などの処遇格差が違法とされるなど、一定の効果はありました。しかし、労働条件の本丸である基本給の格差是正までには踏み込めていません。
現行法の限界
こうした現状を日経連の「雇用ポートフォリオ」に照らして考えてみましょう。
パート・有期契約労働者と正社員の待遇差を問う裁判は、ポートフォリオでいう「長期蓄積能力活用型」と「雇用柔軟型」の待遇差を巡るものだったといえます。これらの訴訟の争点は、仕事内容が同じなのに大きな待遇差が存在することでした。訴えた人たちは、自分とまったく異なる働き方をする正社員を比較対象にしたのではなく、自分と近い働き方をする正社員との待遇差を問題にしました。それはパート・有期契約労働者の基幹化が進み、正社員と同様の仕事をする非正規雇用労働者が増えた結果でした。
しかし裁判では基本給の待遇差はなかなか是正されません。背景には、現行法の判断要素が従来の働き方の枠組みに基づいていることがあります。パート・有期法8条の(1)業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、(2)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、(3)その他の事情──という三つの要素は、「長期蓄積能力活用型」が想定する人材像と非常に近いものです。裁判では、(1)が認められても、(2)や(3)が認められにくい状況です。これは、ポートフォリオによる雇用区分が、待遇格差を正当化する枠組みとして今もなお機能していることを意味します。
雇用形態が多様化し、非正規雇用の基幹化が進む中で、従来の枠組みを見直す必要性が生まれていると思います。
求められる法改正とは?
連合総研の研究会で、「非正規雇用労働者の働き方・意識と労働組合に関する調査」(2022年)を実施しました。その中で非正規雇用労働者が労働法に求める項目を調査しました。その結果、最も多かった回答(複数回答)は、「フルタイムとパートタイムを行き来できる」(30.1%)でした。このほか目立った回答結果として「月の最低限の労働時間が保障される」(26.2%)がありました。
雇用の安定に関しては、「1〜2年で正社員転換を申し込める」(21.1%)、「労働契約はすべて期限のない契約にする」(21.0%)、「5年たてば自動的に正社員になれる」(16.0%)がありました。これは、雇用の安定を求める労働者の要望だと捉えられます。逆に、「有期契約のまま働くことができる」(17.9%)もありました。これは、雇用の安定を望まないというより、無期転換することで働き方が厳しくなることへの懸念によるものではないかと考えています。
処遇格差に関しては、「賃金額が適正か第三者が審査できる」(18.8%)、「正社員の賃金を知ることができる」(7.5%)という項目が挙げられます。これは厳密な職務評価制度の導入を求めているというよりも、自分の仕事と賃金の関係について「納得できる仕組み」の導入を求めていると考えられます。

(出典)連合総研「2022年非正規雇用調査」
法改正の方向性
こうした結果を踏まえると、今後の労働法制の改正は、次のような方向で検討できます。
まず、雇用の不安定性に対しては、無期転換権発生までの期間の短縮や「入り口規制」の導入が一つの選択肢となります。「入り口規制」とは、有期契約で労働者を雇い入れる際に、企業側にその必要性を示すことを義務付ける方法です。
処遇に関しては、「合理的な処遇」を求める法改正や企業の労働条件開示をさらに進める方法があります。現在でも女性活躍推進法に基づく男女の賃金格差の公表や、「人的資本可視化指針」による就業状況の開示が進んでいます。就労状況の開示は、企業による自社の労働条件の把握や説明責任を強化し、企業がその魅力を高めるため自発的に改善に取り組む誘因となることが期待されます。
労働組合への期待
アンケートで挙げられた項目の多くは、現行法制の枠内でも実現可能です。労働組合が率先してこれらに取り組み、現場での知恵や工夫を蓄積してほしいと思います。
その上で、本当に必要だと思う仕組みを法律として要求する。こうしたステップが望ましい法改正のあり方だと私は思います。法改正ありきで上から制度を整えても、現場にはなかなか根付きません。だからこそ、労働組合による「下からの改革」が重要です。労働組合の現場での取り組みに期待しています。