常見陽平のはたらく道2016.01-02

「ワタミ過労自殺裁判」とブラック企業改革はどこから起こるべきか?

2016/01/26
起きてはならない悲劇から約9年。「ワタミ過労自殺裁判」が決着した。この事件が社会に訴えかけたこととは何だろうか。

ワタミ裁判が決着した。「和民」で起きた過労自殺の遺族が、ワタミや創業者を訴えていた訴訟は、2015年12月8日に東京地裁で和解が成立した。和解金は1億3000万円超にも及んだ。

私は土屋トカチ監督による『ブラック企業にご用心』で紹介された、この事件をめぐる映像が忘れられない。森美菜さん(当時26歳)を失った父・豪さんと母・祐子さんの姿は胸を打つものがあった。ワタミの本社に出向いた際の映像は涙なしでは見ることができない。

美菜さんがワタミ子会社のワタミフードサービスに入社したのが2008年の4月で、社宅近くで自殺したのが同年6月。かなりの時間が経ってしまったが、ようやく決着がついた。創業者である渡邉美樹氏は自らの責任を認める発言をしているし、賠償に応じた上で今後の対策として労働時間を正確に記録することや、過去の残業代支払い、給与から天引きしていた書籍代や服代の返金などの方針を打ち出した。

ブラック企業問題に関して、大きな一歩だと言えることは間違いない。今後、森家に続き勇気のある訴えを起こす人たちが現れるかもしれない。企業は従業員から訴えられ、社会から批判され、ブランドも地に落ち業績も低迷し、人材獲得にも苦労することになるということを避けなくてはならない。

ただ、歴史的な一歩であるかのようなこのワタミ過労自殺裁判の和解について、私は何かこう熱くなれないというか、さめた感情を抱いてしまう。なぜだろう。自分の胸に問いかけてみた。やや感情論も含めて語ることをお許しいただきたい。

ワタミグループはやはりトップダウンでなければ変われないのだろうか。従業員が自発的にクリーンな労働現場をつくる、求めるのではなく、良くも悪くもトップダウン型の改革に見えるからである。もちろん、会社が変わろうとしていることを歓迎しないわけではない。トップダウンの方がスピード感のある変革が可能だとも言えるし、中長期では変化も訪れるとは思うのだが。労働環境改革に関する意見は、現場からは声として上がらないのだろうかと思ってしまう。

ややうがった見方をするならば、1億3000万円で決着させたと見えなくもない。損害賠償の受け入れにはこれ以上、企業価値を落としたくないという意図も見え隠れする。

美菜さんの死に対する償いというだけではなく、この教訓は企業を超えて業界内、いや社会全体で共有するべきだろう。職場の健全化に向けた取り組みをまずは評価したいが、そもそもの仕事の絶対量、働き方などを見直さなければまた次の悲劇が起きてしまう。

最近では、非正規雇用者も含めた業界内での連帯、例えば業界内の労働組合が企業に労働環境の改善を促す事例も増えてきた。エステ業界や、ブラックバイトの問題ではこのような組織が貢献した。このことをまずは評価しつつ、企業内においても「今の働き方はまともなのか」という視点が生まれる循環をつくり出したい。ワタミ過労自殺裁判の教訓とは、実は社会と会社に労働環境の自浄作用があるかどうかという問題かと思う。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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