女性を巡る多様性と「壁」
立場の違いとそれぞれが直面する課題専業主婦モデルを取り巻く「壁」
制度の見直しで男女格差の縮小へ



今も残る専業主婦モデル
専業主婦モデルは、妻が完全無業の場合を指すのが一般的ですが、それだけに限りません。妻が家事や育児を担いながらパートタイムで働く場合も専業主婦モデルに含めるべきだと考えています。
パート主婦を専業主婦モデルに含める理由は、それが性別役割分業の規範に従っているためです。パート主婦のいる世帯は、妻がパートタイムで働いていたとしても、夫の収入がメインで妻が家事や育児を担うという専業主婦モデルの基本的な枠組みを維持しています。そのため、専業主婦モデルという枠に当てはまると考えられます。
妻が完全無業の専業主婦世帯は、現在約400万世帯であり、共働き世帯の3分の1程度にまで減少しています。ただ、専業主婦モデルにパート主婦世帯も含めた場合、その数は、約700万人いる第3号被保険者と同程度まで増えると考えられます。専業主婦モデルは「絶滅危惧種」と言われますが、それなりの規模で存在しているのです。
専業主婦が定着した背景
専業主婦モデルが、戦後、特に1980年代から1990年代前半までの日本の支配的な家族モデルになった背景には、四つの要因があると考えています。
一つ目は、「一億総中流化」の中で労働者の賃金が向上し、夫1人の収入でも家庭を支えられるようになったこと。
二つ目は、「職住分離」が進み、仕事を家庭以外の場で行うようになったこと。かつての第一次産業や自営業のように仕事をしながら子育てをすることが難しくなりました。
三つ目は、「核家族化」が進んだこと。親世代との同居が減ったことで、夫婦のどちらかが家事や育児に専念せざるを得なくなりました。
四つ目は、「保育所の不足」です。これは以前に比べて改善されましたが、子どもを預ける場がないことが専業主婦モデルの背景になってきました。
これらの要因が複雑に絡み合うことで専業主婦モデルが戦後日本の支配的な家族モデルになったといえます。
専業主婦と「制度のわな」
これらに加えて、制度的な要因もあります。代表的な仕組みが、第3号被保険者制度です。この制度は、厚生年金に加入している会社員の配偶者に扶養されていれば、国民年金や健康保険の保険料を自分で負担しなくてもよいという制度です。この制度自体は、専業主婦モデルを拡大する意図で導入されたわけではありませんが、結果的にそうした効果を発揮してきました。
人には、将来の利益よりも現在の利益を優先してしまう「現在バイアス」があるとされています。例えば、出産後も就労を継続した方が長期的には収入の安定につながるにもかかわらず、仕事を辞めて保険料負担が軽くなる専業主婦を選ぶというような場合です。
しかし、こうした選択にはリスクもあります。万が一、夫が失業したり、収入が激減したりした場合、貧困に陥るリスクや、子どもの教育費が調達できないといったリスクが高まります。
また、子育てが一段落して再就職を図ろうとしても希望どおりの職場が見つからないケースが多いです。特に高学歴の女性ほどそのギャップが大きくなることが調査からわかっています。正社員の女性が出産を機に退職した場合、生涯の機会損失は2億円以上になるという試算もあります。
専業主婦モデルの問題は、世代によって異なります。最大のリスクを抱えているのは、団塊ジュニア世代です。この世代では専業主婦モデルが根強く残っていて、就職氷河期世代でもあることから、将来的な低年金や老後の貧困が懸念されます。
「第3号」廃止のシナリオ
若い世代は共働きモデルを選択する傾向があります。しかし、専業主婦モデルが世代の入れ替わりとともに減少したとしても、それにまつわる課題が自然と解決するわけではありません。
なぜなら、制度が残る限りは、制度に誘導される人は一定程度残るからです。完全無業の専業主婦の数が減る一方で、「130万円の壁」に合わせて就労調整するパート主婦がそれほど減らないのは、一つの証左でしょう。
そのため制度の見直しは必要です。私は、第3号被保険者制度は廃止すべきだと考えていますが、一気に廃止するのは現実的ではないとも考えています。
廃止に向けたシナリオは、二つあると思います。
一つは、適用対象を徐々に減らしていき、数が少なくなったタイミングで廃止をする「段階的廃止」のシナリオです。実際、政府は厚生年金の適用対象を拡大しており、この方向に進んでいます。
しかし、このシナリオのデメリットは時間がかかることです。少子高齢化が進み、労働力の確保が求められる中で、貴重な女性労働力を浪費している余力は日本経済にはありません。
もう一つのシナリオは、「新人新制度」の導入です。これは例えば、ある年齢以下の人口に限って第3号被保険者制度の適用をやめるという仕組みです。例えば15歳未満であれば制度の恩恵を受けていないため、制度から外しても不利益を被る人がいなくなります。中国ではこうした形で制度が変更されることがあります。こうした制度の適用も一つの案になると考えられます。
「第3号」廃止のその先は?
第3号被保険者制度を廃止した場合、三つの変化が考えられます。
一つ目は、パート主婦の正社員への移行が進むこと。二つ目は、パート主婦の就労時間が増加すること。三つ目は、働いていなかった主婦の労働参加が進むことです。これらの変化を踏まえると、将来的には、男女間の労働参加率と平均労働時間の差異は縮小する方向に向かうのではないかと考えています。
ただし、第3号被保険者制度を廃止したことで生じる課題もあります。例えば、働けない主婦にとっては保険料負担が生じるため、実質上の増税になります。そうした人に対しては別の形の支援が必要になると思います。例えば子どものいる家庭であれば、子どもの税額控除などが考えられます。
また、労働時間が増えた場合、家事と育児の総量が減らなければ、女性の負担は増えることになってしまいます。負担を減らすためには、夫と家事・育児の分担を進めたり、家事支援サービスを充実させたりすることが必要です。
さらに、女性が就労時間を延長させた場合、キャリア形成やスキルアップ支援、正社員登用などの取り組みを充実させる必要があります。「壁」がなくなり、男女が同じように働ける前提が整うのであれば、それに見合う制度的な支援が求められるということです。
規範より先に制度を変える
日本は少子高齢化が進み、労働力不足が深刻な課題になっています。制度の影響によって、労働市場に参加できるはずの人材を生かさないでおく余裕は、日本経済にはありません。また、社会保障制度の財源確保の観点からも、制度を支える側の人を増やす必要があります。第3号被保険者制度の廃止は、こうした課題を克服するためにも求められます。
規範をすぐに変えることはできませんが、制度は変えることができます。制度には、人々の行動をより長期的で合理的な方向に誘導するための役割があります。人々の人生をプラスの方向に進められるよう、制度を見直す視点が大切です。