特集2017.07

「悪質クレーム」と向き合う社会問題化する「悪質クレーム」心理の特徴と社会的な背景とは?

2017/07/21
無茶なクレームを申し立ててくる「悪質クレーマー」。その心理的な特徴や、クレーマーが生まれる社会的な背景について、識者に聞いた。
池内 裕美 (いけうち ひろみ) 関西大学社会学部教授。専門は消費と広告の社会心理学。主な研究成果「苦情行動の心理的メカニズム」(『社会心理学研究』25巻3号2010年)「社会の中の落とし穴:苦情・クレーム行動と悪質商法」(分担執筆『わたしから社会へ広がる心理学』北樹出版 2006年)。

悪質クレームの判断基準

「悪質クレーム」は、「必要以上の金品を要求してくるクレーム」「解決困難とわかりながら申し立てる無茶なクレーム」などと定義されています。

悪質クレームかどうかを判断する際のポイントは、(1)回数の多さ(2)不当な金銭要求、過大な物品要求、無理難題などの要求の有無(3)因果関係が明らかか否か(4)不当な方法(恐喝、暴力など)であるか(5)業務妨害(長時間、多頻度)に抵触するか─などの要素が挙げられます。

資料提供・池内教授

これは企業のお客さま相談室などを調査した結果、各社に共通していた要素です。企業は、このうち一つでも該当すれば悪質クレーマーとして判断していますが、商品を買ってもらっていれば、基本的には「お客さま」として対応しています。このあたりが、売り手の立場を弱くしている要因だろうと推測できます。

悪質クレーマーの特徴的手口としては、大声で非難したり、「社長や役員を呼べ」と繰り返したり、休業補償を要求したりといったことがあります。「解決を急ぐ」のも悪質クレーマーの手口の一つです。交渉が長引くほど警察などが介入する可能性が高くなるので、金品をなるべく早く手に入れて解決させることが狙いです。また、重要なポイントは、「普通のお客さまなら受け入れてくれることを拒絶すること」です。これが悪質クレーマーの手口の特徴と言えます。

中高年男性に多いクレーマー

では、通常、こうしたクレーマーにはどのような特徴があるのでしょうか。これまでの研究では、クレーマーには、高学歴・高所得で社会階層が高い人が多いこと、自尊感情が高く完全主義的な傾向が強いこと、社会的不満が高いといった特徴があるとされています。さらに、性格特性で言うと、寛容性が低いといった特徴も挙げられます。

近年のクレームの傾向としては、大企業を退職後に「現役感」がまだ残っている人が、後輩育成のような感覚で、企業に苦情を申し立ててくる事例が挙げられます。「私は、どこそこの営業部長をやっていたんだが……」といったように、権威をかさに着て、上下関係でモノを言うタイプです。こうしたタイプのクレーマーは、筋道を立てて苦情を言ってくるので、「筋論クレーマー」と呼ばれています。本人には苦情という意識がありません。社会の役に立っていると思っています。

また、威嚇・激高型のクレーマーが多いのも最近の傾向です。これは、相手への威嚇や怒りで主張を押し通そうとするタイプです。「訴えるぞ」という言葉のほかに、最近では「ネットに書くぞ」と主張してきます。こうしたタイプは、論理的な説明を用いるとかえって威嚇をしてくるので注意が必要です。

クレームの世界には、「苦情の2007年問題」という言葉があります。退職した団塊世代の中高年男性が、過去の栄光や知識を誇示して、苦情を訴えてくるという問題です。現在も中高年男性からの苦情が多い傾向は変わっていません。

また、最近の傾向としては、「心の病」を抱えている人からの苦情も増えています。感情の起伏が激しく店側の手に負えないケースもあります。心療内科医などの専門家との連携が求められます。

クレームはなぜ増えた?

クレームはなぜ増加しているのでしょうか。社会的背景がいくつか挙げられます。一つは消費者の地位や権利意識が向上してきたことです。「製造物責任法(PL法)」の施行(1995年)や消費者庁の設置(2009年)のように、消費者保護の仕組みが整備され、責任などを企業に問いやすくなったり、苦情を申し立てる先が明確になったりしたことが挙げられます。

これと並行して、産地偽装や消費期限改ざんのような企業による不祥事が相次ぎ、消費者の企業に対する不信感が増大したことも考えられます。

こうした企業の不祥事は、急速に発達したSNSによってあっという間に拡散されます。金品を受け取った人がSNSでその情報を拡散すると、それを真似する模倣的クレームが増加し、企業は問題の拡大を恐れて、顧客の要求になるべく応えるようになります。これにより、企業のサービスは過剰になり、消費者の期待値がますます高まります。しかし、消費者の期待に応えるサービスを提供し続けるには、限界があります。そうなると、また新たな不満が発生しやすくなります。

このように、クレームが増えた背景にはさまざまな要因があります。まとめると、「不満発生→スマホ・携帯で即クレーム→SNSなどで同時発信→広範囲に瞬時に拡散→企業が恐れて過剰サービスに→標準的なサービスの平均値が上昇→消費者の期待値も上昇→期待を超えるサービスの提供が困難に→不満発生」(図2)といった負の連鎖が生まれてしまっています。

資料提供・池内教授

企業の防衛策は?

企業に求められる防衛策として、「録音させていただく」と相手に伝えることには、怒りの鎮静効果があります。また、消費者センターなどの公的機関や同業他社と、問題や対応策などを情報共有しておくことも重要です。食品会社などで使われる言葉ですが、現場・現物・現実を確認する「三現主義」を厳守することも大切です。

苦情対応は対人間のコミュニケーションの一種として捉えることも大切です。例えば、「だ~か~ら~」とか「何度も申し上げますように」とか、「でも」「だけど」といった俗にいう「D言葉」などを使うと相手にも不信感が伝わります。言って失敗したNGワードに数えられます。要するに相談者の「人としての心理」を理解することが大切だと言えます。

それから、コミュニケーションの際は、相談者の心の動きに応じた対応の流れを理解することも大切です。怒りや興奮が絶頂に達している初期の対応としては十分な傾聴を。少し冷静さを取り戻してきたときに発生状況の確認など手続き的な対応を。その後にレベルに応じた謝罪と解決方法の提案を─といったように心の流れに沿って対応するということです。とりわけ、怒りが収まらない当初には、不快な思いをさせたことに対する限定的な謝罪とお礼以外は述べず、ひたすら話を聴くことが大切です。一般企業の電話対応は長くても10分以内に納められると良いと思います。

クレーム対応者の地位向上を

過剰サービスの風潮は、社会的にもそろそろ見直すべき時期にあると思います。クレームの悪質化は、苦情を訴える本人だけではなく、社会が生み出していると考える視点が大切です。

そのためには、メディアが過剰反応しないことや、消費者の側の意識改革が求められると思います。とりわけ、人格を否定する言葉を言われた側の身になること。寛容性を向上させることが大切です。

働く人へのケアとしては、同じ悩みを抱えている人同士が情報交換できる場を設けたり、ストレスチェック制度を活用したりすることがポイントだと思います。労働組合には、クレームに強い組織体制づくりに向けた提言や現場の声を経営者に伝えること、とりわけ苦情対応者の社内的位置付けの向上を提言してほしいと思います。

特集 2017.07「悪質クレーム」と向き合う
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