特集2017.07

「悪質クレーム」と向き合う悪質クレーム問題が深刻な韓国
感情労働従事者保護の運動が活発化

2017/07/21
お隣の国・韓国では、さまざまな社会的背景から悪質クレーム問題が深刻化。その一方で、行政や労働組合の活動も積極的に展開されており、先進的な条約・協約などが結ばれる事例も出てきている。
呉 学殊 独立行政法人 労働政策研究・研修機構主任研究員

深刻な韓国の悪質クレーム

韓国では悪質クレーム問題が近年、急浮上しています。顧客との関係で起きる労働問題は感情労働という言葉で表現されています。ソウル市が昨年1月に制定した「ソウル特別市感情労働従事者の権利保護等に関する条例」では、感情労働は、「顧客対応など業務遂行過程において、自分の感情を抑えて、自分が実際感じる感情とは異なる特定の感情の表現をしないといけないこと」と定義されています。

感情労働が社会問題化した背景には、韓国社会が抱えるいくつかの問題が挙げられます。一つは、急速な経済発展に伴い、拝金主義的な考え方が広がったこと。二つ目は、軍隊の上意下達の文化が企業社会にも影響を与えて、上の者の命令が絶対視されてしまうこと。三つ目は、儒教の伝統的な家父長的な考え方が社会に残っていること。これらが絡み合って、「消費者は王様である」という考え方を強固にしています。

悪質クレームを助長する要因として、多重下請け構造も挙げられます。悪質クレームの多い、コールセンター業務やケーブルテレビ設置業務などでは、業務が多段階で外注化され、下請け企業の立場がいっそう弱くなっているのです。また、小売分野では、規制緩和によって店舗の大型化が進み、企業間競争が激しくなったことも、感情労働問題を大きくしたと言えます。

韓国の労働者団体などが、店員に対して消費者がなぜ暴言を吐くのかなどを調査した結果、最も多かった回答は、「待たされる」ということでした。一方で、顧客がなぜそのような行為に及ぶのかを感情労働従事者に聞いたところ、最も多かった答えは、十分な人員を配置できなかったことでした。また、従業員に高いレベルの職業訓練がなされていなかったという回答も多く見られました。

ソウル市の感情労働従事者保護条例

感情労働従事者の保護を最初に訴えたのは、大統領直属の機関である国家人権委員会です。委員会は2001年に感情労働従事者を保護すべきという勧告を出し、昨年12月には国会などに対して法制化を求める勧告を出しました。また、行政も昨年3月に労災補償保険法の施行令を改正し、顧客からの暴力や暴言などを理由とした精神疾患を労災の項目に追加しました。

昨年11月には韓国の野党議員が感情労働従事者保護法案を国会に提出しました。今年5月の大統領選挙で文在寅氏が当選したことで、法案成立の可能性が高まっています。

これらに先行して取り組んだのがソウル市です。ソウル市は昨年に「ソウル特別市感情労働従事者の権利保護等に関する条例」を制定し、感情労働従事者を保護する規定を設けました。具体的には、感情労働従事者を保護するために、▼暴言・暴行、無理な要求を通じて行うハラスメント▼性的に不愉快な思いをさせる▼感情労働従事者の業務を権力をもって妨害する─などの行為に対して、次のことを措置義務として講じると定めました。

▼当該顧客からの分離または感情労働従事者が十分に休憩する権利を保障すること

▼感情労働従事者に対する治療および相談を支援すること

▼刑事告発または損害賠償訴訟など必要な法的措置を行うこと

▼その他、感情労働従事者の保護に必要な措置をとること

こうした措置を取ったことで、翌年には悪質クレームが前年比で95.2%減少したということです。また、ソウル市はコールセンター労働の多重下請け問題を解消するために、今年1月に財団を設置し、450人のコールセンター労働者を財団の直接雇用労働者としました。

労働組合の取り組み

韓国の労働組合が感情労働の問題に取り組み始めたのは、2008年からです。外資系化粧品会社の労働組合が、感情労働手当を支給する労働協約を会社と締結したのです。また、大手スーパーの労働組合は2015年、感情労働の価値を認めるという労働協約を締結しました。この協約では、労働者を保護する規定を設けて、顧客からの暴言・暴行などが発生した場合は、会社が積極的な救済措置を取ること、クレームが集中する店舗では悪質クレーム防止を呼び掛ける周知活動を行うこと、不当な暴言などがあった場合は、当該職員に気持ちを落ち着かせるため1時間の休憩を与えること、2回目の対面を禁止すること、労使が協議して治療プログラムの開発を検討すること─が盛り込まれました。

加えて、ケーブルテレビの労働組合は、大規模なストライキを展開し、多段階契約を解消させる成果を勝ち取りました。一つの会社を作って、そこに直接雇用させたのです。画期的な協約となりました。

日本への示唆

日本は韓国ほど悪質クレームが多くないという印象を持っています。しかし、その一方で「おもてなし」や「親切」のように、感情労働を強いられている側面もあると思います。まずは実態調査を行い、労働者の抱える問題を把握する必要があると思います。

悪質クレームは格差社会とつながっています。お金をたくさん持っている人は、がんばった偉い人で、そうではない人は努力が足りなかった人。そのような考え方が社会に広がると、感情労働従事者を見下すような言動が広がります。格差社会が深刻化するほど、感情労働の問題も深刻化すると言えるでしょう。

ソウル市Webサイトから
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