「悪質クレーム」と向き合う個人に対応を任せない労働協約の締結から体制づくり
病院でのクレームの実態
「どの病院もだいたい一人か二人は、悪質クレーマーを抱えています」。自治労・衛生医療局長の白井桂子さんはこう明かす。
「そういう人は、患者さんの家族でもなくて、文句を言いたくて窓口にやってきます。誰それが外来で待たされたと聞いたとか根拠のないクレームを訴えて、ときには職員につかみかかってくるので警察を呼ぶこともあります」(白井さん)
病院は、入院する患者やその家族にとって、ただでさえストレスを感じやすい場所だ。入院生活でたまったストレスが看護師や職員に向かって爆発することもある。働く側もそのことは理解している。だが、ときに理不尽な対応を求められることもある。
「食事のメニューが希望したものではなかったということで、胸ぐらをつかまれて、土下座を求められた事例もありました。ほんの少しのことでも怒りが増幅してしまうんですね。そういうときは、話を聴きながら、怒りが収まるのをひとまず待つしかありません」(白井さん)
また、レントゲン撮影の際に、撮影室で泣き出した子どもの親が、自分の見えないところで子どもに危害を加えたと訴えてきたこともあった。実際に、子どもが危害が加えられた事実はなく、不安で泣き出しただけだったが、地元議員を巻き込むような話に発展した。
労働協約を締結
近年の傾向として、体感的にはクレームの数は増えていると白井さんは語る。
「最近は、『言わないと損』というか、誰か一人がクレームを言うと、同じようなクレームが重ねて寄せられるようになったように思います。中にはそれでお金を取ろうとする人もいます。悪質な事例だと、個室に入れなかったから医療費を払わないで出て行ったりとか」
そのため、「そういうことが何度もあると職員も、仕事とはいえ病んでしまう人もいるんですね。だから、個人に対応させず、組織として対応することが基本になっています」と白井さんは話す。
白井さんが働いていた病院では、クレーム対応に関する労働協約をおよそ10年前に締結した。医療過誤への対応で精神疾患になり休職した看護師の事例が議論のきっかけだった。「確かに医療過誤は病院側の責任でした。ただ、その看護師が休職した後に、別の理由でほかの看護師たちもクレームを受け続けました。このままでは、休職する看護師が増えかねないという問題認識で病院側と話し合い協約を結びました」。
協約では、医療過誤やクレーム対応は、組織として対応することを確認した。その後、連絡体制や連絡シートの書式など、具体的な対応策も協議した。
経験交流で意識共有
自治労の衛生医療協議会では、交流セミナーを年1回開催している。悪質クレームの話題がこの中で共有されることもある。白井さんは「悪質クレーム問題は、共通認識としてある」と話す。
病院でのクレームが増える背景には、人手不足の問題もある。だが、増員しようとしても財政状況が厳しく思うようにはならない。
前述した労働協約が締結に至ったのは、クレームの場面に組合役員が接していたからだった。「クレームを受けたときに労働組合に相談しようと考える人は多くありません。問題を一人で抱え込んでしまったら、心を病んでしまうかもしれない。組合に限らず、相談するようにしてほしい」と白井さんは訴える。