特集2017.08-09

「無期転換ルール」にどう対応する?無期転換ルールから生まれる社員タイプを「キャリア権」の充実につなげよう

2017/08/30
人的資源管理の視点から無期転換ルールを分析。ルールの導入で新しいタイプの労働者が生まれてきそうだ。その動きを「キャリア権」の充実につなげていけるかがポイントだ。
佐藤 厚 法政大学キャリアデザイン学部教授

四つの社員タイプ

有期契約で働く人は、約1500万人と推計され、そのうち約3割が通算5年を超えて有期契約を繰り返しているという調査結果があります。有期契約労働は、周辺的な業務や季節的変動が多い業務、専門性の高い業務などがこれまで想定されてきましたが、実態を見ると相当程度、基幹化が進んでいると思われます。業種や業態によっては、有期契約労働者の割合がさらに高いところもあり、無期転換ルールの導入による人事管理施策への影響は大きいと言えます。

では、無期転換ルールは人事管理施策にどう影響を与えるでしょう。社員タイプ別に考えていきましょう。

まず、既存の正社員という区分をaタイプとします(表1参照)。この区分は、長期雇用が前提となっており、キャリアを重ねながらコア的な業務に就くことが想定されている社員です。職務が変わることもありますし、海外も含めて広域の配置転換が想定されています。長期雇用が前提なので、モチベーション向上のために、昇給やキャリアアップの仕組みも用意されています。

【表1】無期転換ルールの導入後に想定される社員タイプ
社員タイプ 役割 (どのような役割・期待か) 区分 改善点
【a】正社員 長期 コア 広域 キャリアアップあり 正社員
【b】キャリア職型社員 長期 コア 広域限定 キャリアアップあり 無期転換 aとbの処遇差
【c】一般職型社員 長期 周辺 限定 キャリアアップなし 無期転換 c→b→aの転換
【d】補助職型社員 短期 周辺 限定 キャリアアップなし 有期 d→c (5年~無期転換)

長期雇用を前提としたaタイプの一方で、有期雇用が前提で周辺的な業務を任されるタイプもあります。この区分をdタイプとします。dタイプは、短期で周辺的な業務が期待されているため、キャリアアップや人材育成を行う必要は特段ないと想定されています。無期転換ルールの導入後にも、このタイプは一定数残ることが想定されます。

組み合わせと経営戦略

無期転換ルールの導入によって、aタイプとdタイプの間に二つのタイプの区分が生まれると考えています。

一つは、無期転換した後でも、限定的な仕事をし、キャリアアップも想定されていないというcタイプです。このタイプは、雇用期間は無期化しても、仕事の内容や労働条件は従前のままという区分です。労働契約法18条もこうしたタイプの存在を認めています。

そしてもう一つは、無期転換したことで、長期的に見てコア的な業務が期待され、一定の配転などもあり、昇給などのキャリアアップの仕組みも用意されるbタイプです。あえて名前を付けるとすれば「キャリア職型」と言えるでしょう。

このように無期転換ルールによって四つの雇用区分に分類できるようになると考えられます。それぞれのタイプをどう組み合わせて人事制度を設計するかは経営戦略の問題であり、個人的にはbタイプの充実を期待していますが、一概にどの組み合わせがよいのかとは言えません。

他方で、コストパフォーマンスの側面から多様な雇用区分の導入を検討する必要もあります。すなわち、雇用区分の類型が増えるほど、マネジメントコストが上がります。それぞれのタイプに応じた役割・期待、人事設計、採用、育成、処遇などを行うためです。そのため経営者は、雇用区分を活用する経営戦略と、コストパフォーマンスの両面から、人事管理施策を考えなければならないと言えるでしょう。

無限定正社員と限定正社員

同一労働同一賃金ガイドライン案は、ある時点での職務が同一であっても、それまでの経験や異動の実態、将来のキャリアなどから見て、正社員と有期、パート、派遣労働者との間に異なる実態があり、それが説明できるものであれば問題にならないとしています。ある時点での職務の同一性だけではなく、キャリアも含めた仕組みが同一かどうかが問われるということです。

この際、検討すべきは、基本的に役割・期待が異ならないaタイプとbタイプの処遇をどう考えるかです。基本的には、bタイプからaタイプへの登用ルートを設けて、一定の基準をクリアすれば、正社員になるという仕組みをつくることになるでしょう。

それでも、ある種の合理性や納得性を持つかたちでaタイプとbタイプとの処遇の差を説明する制度をつくらなければならないという課題は残ります。aタイプは勤務地も職種も無限定です。無期転換したbタイプをaタイプの制度に一本化する制度にすれば簡単ですが、aタイプのような無限定な働き方を望まない人もいます。そのため、bタイプの処遇として、勤務地や職種、時間などを限定した制度をつくることが考えられます。

このように勤務地などを限定した働き方は、aタイプの正社員の中にもニーズがある働き方です。これまでニーズがあったにもかかわらず、そうした働き方を選択することが難しかったわけです。この際、望ましいのは、aタイプの無限定正社員もbタイプの限定型の働き方を選べるようにすること。bタイプの働き方を明確に、より精緻にしていくことが求められると言えます。

注意しないといけないのは、bタイプの限定正社員の存在が、既存の正社員の処遇の引き下げ要因になる懸念があることです。既存の正社員の処遇を引き下げる形での平準化は望ましくありません。労働組合の役割は、そうした引き下げ圧力を許さないことだと言えます。

「キャリア権」を補強する

いま述べたような限定型の働き方は、これまでaタイプの無限定正社員に欠けていた「キャリア権」という考え方を補強していくためにも求められます。これまでの日本の働き方では、会社の人事権がとても強く、働く側が自分の希望するように職業生活を充実させたり、学習したりすることが困難でした。

会社には、社員の雇用を保障する代わりに、業務や配転を命じる人事権があります。しかし、働く側にも自分の希望する仕事に就いたり、学びたいことを学習したりする権利があるはずです。これを担保するのが「キャリア権」という考え方です。

先ほどのaタイプ、bタイプの処遇差を考える際に、例えば転勤の有無で処遇にある程度の差をつけることは考えられるでしょう。そうした処遇差が妥当かどうかという課題もあります。ただし、キャリア権という観点では、その働き方が労働者のニーズにマッチしているかという問題もあります。つまり、働き方を限定することで得られることもあり、それを重視する労働者も増えているということです。従来の無限定社員は会社主導の異動や転勤に従わなくてはいけませんでしたが、bタイプの働き方が増えていくことで、会社主導から個人主導へ転換が進んでいくことを期待しています。

余談ですが、イギリスでは、希望しない社員を会社が無理やり異動させることはありません。どこかのポストに空きができると、その仕事に就きたい希望者を募ります。日本の働き方の一つの問題は、無限定の正社員が自分の希望する働き方を選択できないことにあります。bタイプの限定型の働き方が、キャリア権を充実化する一つのきっかけになれば良いと思います。

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