見えのためではなく、労働者のために長時間労働是正を
「クラッシャー上司」という言葉が話題となっている。部下を潰して出世する上司のことだ。彼らは部下を過剰に酷使し、出世する。高い業績を上げているがゆえに、会社の方でもなかなか切り捨てることができない……。
もともとは産業医の松崎一葉氏が彼の師である牛島定信氏と一緒に考え『クラッシャー上司』(PHP新書)で提唱したコンセプトである。今年1月にリリースされたこの本は、現在5刷となっている。なんでも、著者が大手企業に産業医として訪問した際に、その会社の常務は「俺はね、(部下を)5人潰して役員になったんだよ」と言い放ったという。
さて、国としても、企業としても長時間労働是正が叫ばれている中、クラッシャー上司がいるような部署では何が起こるだろうか。その部署ではサービス残業が慢性化する。クラッシャー上司は口では「早く帰れよ!」と叫ぶ。ただ、彼らには定時ではこなしきれないだけのミッションがふってきている。出勤時間中は常に緊張感にさらされる。持ち帰りか、早朝出社でこなすことになる。心身ともにすり減ってしまう。
実際、会社員時代もそのようなことがまかり通っている部署や、強要する上司を間近で見聞きしてきた。時代に先駆けて残業は毎日申請制とした部署があった。一見、画期的なようだが、業務の把握という意味以上に、タイムカードに記録させないための取り組みだった。タイムカードの差し戻しも日常茶飯事だった。
長時間労働是正を推進する上での、ボトルネックの一つが上司だ。彼らには、長時間労働が当たり前という時代の体験が染み付いている。むしろ、若い社員が夜遅くまで頑張っている様子を見ると応援したくなるタイプの人が上司だとタチが悪い。
もっとも、上司にとっても風当たりの強い時代である。現代の日本の上司は、多様な人材をマネジメントしながら、在宅勤務などの手法も取り入れながら、部署全体の労働時間を減らしつつ、高い目標を達成しなくてはならないし、変革力、新しい価値の創造も期待されてしまう。当然ではあるが、コンプライアンスにも厳しい時代である。上司自体も厳しいゲームを闘っているのである。
長時間労働是正が首をかしげるような方向に行ってしまうのは、この取り組みに対する理解が不十分だからではないか。ある大手企業で、働き方改革に関するワークショップを行った際も、この件で議論となった。なぜ、企業は働き方改革に取り組むのか。理由は大きく二つではないかという結論に達した。一つは、取り組んだ方が企業にとってメリットがあるから、もう一つがお上や世間から嫌われないためだ。現状は、多くの企業の場合、後者ではないか、と。結果として、労基署やメディアにたたかれないための取り組みになってしまう。上司たちも、これでは腹落ちしない。
たたかれない程度の、申し訳程度の長時間労働是正ではなく、従業員が生き生きと働き、高い価値を生み出すための働き方改革を今一度、議論するべきではないか。上司たちのモヤモヤを解消するためにも、だ。労組にはこれをリードする役割が期待されることは言うまでもない。クラッシャー上司に潰される前に、議論を始めよう。