常見陽平のはたらく道2017.11

フリーランスは本当に自由なのか
経験者が鳴らす警鐘

2017/11/14
国を中心にフリーランスの働き方を進める動きが強まっている。その働き方は本当に「自由」なのか。経験者である筆者からの警鐘。

「自由とは何か?」。人生において、大事にしている問いだ。高校進学の際に、私服で通うことのできる、校則もほぼない学校を選び、合格した際には、自由になれたような気がした。もっとも、ますます自由について考え、悩んだのだが。

「自由に働きたい」。そう思い、3年ほど、完全にフリーランスで働いていた時期もある。執筆、講演、コンサルティング、大学の非常勤講師の仕事を掛け持ちした。率直に、人生で最も稼いだ時期ではあったが、自由かどうかでいうとやや疑問だった。平日に休みを取ることもできたし、朝からビールを飲む日もあった。満員電車にも別れを告げることができた。しかし、それが自由かというと疑問だった。常に仕事に追われていたように思う。

先行きが不安なので、依頼は断らずに受けていた。私はギャラの交渉をしない主義なのだが、今、冷静に考えると安く、良いように使われていたのではないかとも感じた。

とはいえ、私はまだ良い方だった。仕事柄、フリーランスの方とお会いすることが多いのだが、会社員以上に取引先に拘束され、しかも「雇用」というかたちではないがゆえに、「定額使い放題」で働かされているかのように見えてしまう。

彼らから最近、よく耳にするのは、「働き方改革」の副作用である。過労死ゼロ、長時間労働是正という動きを批判するつもりはまったくない。ただ、その過程で、取引先や、フリーランスに過度な負荷がかかってしまっている。派遣社員、アルバイトはまだ残業手当を受け取ることができるが、フリーランスの場合、あくまで案件ベースの支払いになってしまう。「定額使い放題プラン」だ。

まだ、負荷がかかっている分を報酬としてチャージできているのなら良い。ただ、その分をもらったところで、心身がより頑丈になるわけではない。バブル期には「24時間戦えますか?」というCMがはやったが、人間はそこまで働くと倒れてしまう。

副業・兼業を認める動きを国も企業も進めている。いかにも多様な働き方の一事例のようだが、立ち止まって考えたい。副業・兼業は雇用ではなく、請負で働くことになる場合が多いと推測される。その際、この部分は定額使い放題になってしまう。

最近では、フリーランスの活動を応援するために、クラウドソーシングなど、ネット上で企業の案件とフリーランスをマッチングする仕組みも台頭している。これは、フリーランスを応援する仕組みのようで、安く買いたたき、定額使い放題で働かせるためのプラットフォームとして悪用される危険性をはらんでいる。

そもそも、自由な働き方なるものは、魔物である。フリーター、派遣スタッフ、フリーランス、さらにはその一例であるノマドなど、自由な働き方が話題となり、もてはやされてきた。しかし、これらはすべて功罪があるものである。自由では決してなく、人を安く買いたたく手段にすり替わっていなかったか。その働き方は果たして自由だったのだろうか。

フリーランスという働き方は否定しない。ただ、これにより人がますます買いたたかれ、自由を失うことだけは避けたい。フリーランス経験者からの警鐘である。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学専任講師。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所客員研究員。『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『普通に働け』(イースト新書)、『僕たちはガンダムのジムである』(ヴィレッジブックス)、『「できる人」という幻想』(NHK出版新書)など著書多数。
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