常見陽平のはたらく道2019.04

「そんな人、いる?」と思ってしまう罠
「困っている人」への想像力を働かせよう

2019/04/12
困難な状況に追い込まれた人たちは実在する。「そんな人いない」から抜け出して考えてみよう。

貧困・格差といった社会問題に光を当てるのは、メディアが果たすべき役割の一つだ。一方、メディアが伝えるのは、このような社会問題や生きづらさだけではない。ビジネスで成功した起業家などのサクセスストーリーも紹介される。

悲惨な話であれ、景気の良さそうな話であれ、ニュースが届くたびに、人々からこんな声が上がる。

「そんな人、いるのか?」

フェイクニュースが世界的に問題となる今日このごろだ。報道を疑う姿勢がこれほど求められる時代はない。ただ、「そんな人」は実在する。「私の周りにはそんな人はいない」という言葉自体が格差社会、分断社会を物語っているのだ。「あなたの周りにはいない」だけの話である。実際には、世の中には「困っている人」がいるのである。

皮肉なことに、つながりのメディアであるSNSには、分断、断絶を助長するという側面がある。自分と同じ階層の人、価値観が近い人とつながるがゆえに、タイムラインには自らと同意見の投稿が並ぶ。「みんながそう言っている」と思い込んでしまう。これもまた、「そんな人、いるのか?」という分断、断絶につながる。もちろん、ときにSNSはゆるやかだが強いつながり、階層を超えた連帯を生むこともあるが。

自分の周りにはいない「そんな人」は、彼・彼女たちなりに困難に直面している。そこには「自己責任」という言葉では片付けられない、根深い問題がある。

カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した『万引き家族』は「そんな人、いるのか?」と言いたくなる作品だろう。ただ、万引きGメン・伊東ゆう氏の『万引き老人』(双葉社)によると、いかにも不良少年の非行に思われる万引きの世界を通じてみても、高齢者が目立っており、そこに貧困の根深さがあることがわかる。貯蓄の不足、無収入といった金銭的な困窮、孤独感や疎遠な家族関係といった心の寂しさ、肉体的な病気や心の病の苦しみなどが原因となっている。

2017年に発表され話題作となった『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(上間陽子 太田出版)は、沖縄の夜の世界で働くシングルマザーたちを追った著作だ。同作では、若くして妊娠・出産し、その後、離婚。キャバクラで働きつつ、子育てをする者などが描かれる。プロフィルだけを聞くと、いかにも「若いうちにヤンチャしたからだ」などと言いたくなる人もいるだろう。違う。そこには、「自己責任」という言葉では片付けられない不幸の連鎖がある。彼女たちの選択は非合理的なようで、極めて合理的なように思えてくる。

「私の周りにはそんな人はいない」という事実や、認識は変わらないかもしれないが、世の中にはそのような人がいる。さらには、その人は、職場のどこかや、顧客の中にいるかもしれない。社会も会社も多様化しているからだ。

世の中には「困っている人」が数多く実在し、その困り方も多様化している。さらに、一見すると豊かに見える成功者たちも、彼ら彼女たちなりに闘っている。

月並みな言葉ではあるが、大事なのは想像力だ。分断、断絶を乗り越えよう。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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