特集2019.11

日本の賃金・人事評価の仕組みはどうなっている?日本型雇用の外側で
独自の賃金理論と「職業の再建」が必要

2019/11/15
長期雇用と年功賃金を特徴とする日本型雇用の外側では、職務時間給と呼べる賃金決定システムが広がっている。労働市場の立て直しに何が必要なのか。
今野 晴貴 NPO法人POSSE代表

職務時間給の広がり

年功賃金、長期雇用を特徴とした日本型雇用の外側では、職務時間給と呼ぶべきものが広がっています。これは、特定の職務内容に限定された労働を、時間単価で評価し、賃金を決定するシステムです。こうした賃金決定のあり方は、これまでにもパートやアルバイト、契約社員や派遣労働者など、主に非正規雇用に適用されてきました。しかし、この賃金決定のあり方が今、正社員、しかも大企業で働く従来では職能給が適用されてきた正社員にも、かなり普及しています。まずこの点を知ることが重要です。

職務時間給のような賃金の決め方は、ドライバーや保育士など、現業に近い職種ではこれまでにも見られました。ただし、そこには勤続年数や職能の要素が盛り込まれ、職能給的に賃金カーブが上がっていく仕組みが一定程度、存在していました。

けれども最近の動きを見ると、それらの従来的な要素がなくなり、職務時間給の要素がかなりむき出しになってきたと感じています。例えば、私たちのNPOで対応した自動販売機のセールスドライバーのケース。この男性の会社では、年齢給が35歳でストップ。役割給も一定以上あがらず、賃金は額面で月30万円未満でした。採用から数年で現業職から管理部門へ移行できるはずでしたが、移行の実績はほとんどありませんでした。

この男性の処遇は、外形的には従来型の職能給に見えます。しかし、実態は職務時間給により厳しく管理されていました。会社は、ドライバーたちに事業場外みなし労働時間制と固定残業制を適用。時間当たりの労務単価を厳格に計算し、その上でこれらの制度を適用することで、人件費の総額が一定の基準を上回らないようにしていました。賃金決定の基礎はあくまで時間単価なのです。

最近では、裁量労働制を導入し、1時間当たりの単価を下げようとする動きも見られます。このような賃金決定のあり方が正社員と呼ばれる人たちの間でも広がっています。

労働市場の分断線

労働市場を巡っては、これまで正規と非正規の間に分断線があるとされてきました。しかし、この線を引き直す必要があると考えています。具体的にはパート・アルバイト▼契約・派遣▼限定正社員▼「ブラック企業」の正社員という一群と、日本型雇用の下で働く従来のブルーカラー正社員と中核的労働者という一群の間の分断線です(図参照)。なぜここに分断線があるのか。左側のグループは職務時間給の下で働いている「非年功型」のカテゴリー。右側のグループは従来の年功的な職能給の下で働いているカテゴリーです。ここに分断線があると考えています。違いは、従来の年功型のカテゴリーか、職務時間給で働く「非年功型」のカテゴリーかで労働市場が分断されているということです。

「ブラック企業」の正社員は、外形的には月給制であるため、意識の上では日本型雇用のグループに入っています。しかし、制度および性質としては職務時間給です。そのため、意識と制度の間にずれが生じます。意識の上では従来の正社員なのに、実際の賃金は時間単価で計算されているため、どれだけ働いても収入の基礎は増えません。にもかかわらず、意識的には、たくさん働けば生活が成り立つと思ってしまう。これが長時間労働や過労死の原因になっています。また、年齢を重ねれば残業ができなくなり簡単に低賃金に転落します。

職務時間給の独自理論を打ち立てる

職務時間給が広がる背景には、業務のマニュアル化、定型化があります。定型化され、切り出された業務は、職務時間給化していくのです。この流れは、技術の進歩が絶え間なく進んでいくことを踏まえると、今後も広がっていくと考えられます。

求められる対策とは何でしょうか。「非年功型」カテゴリーの人たちを正社員に近づけていくという方法では解決できません。なぜなら、従来の正社員の働き方を基準に立てると、その途端、差別的な序列を認めることになるからです。つまり、「非年功型」カテゴリーの労働者には転勤や配置転換がない。そのため正社員との処遇格差があるのは仕方がないということになり、差別の論理がむしろ精緻化されてしまうからです。それは結局、日本型雇用の論理の拡張に過ぎません。

すでに「非年功型」カテゴリーは、従来の日本型雇用とは別に、巨大な規模で確立しています。日本型雇用を基準に考えてしまえば、そこからは不公正を前提にした均衡処遇の論理しか引き出せません。そうではなく、「非年功型」カテゴリーの賃金の決め方について、日本型雇用とは別のカテゴリーとして独自の賃金決定の理論を確立すべきなのです。

「職業の再建」をめざす

では、その賃金決定の理論とは何か。私は「職業の再建」だと考えています。例えば、保育士であれば、保育という仕事の価値を評価すること。保育とは子どもの命を守り育てるという社会的価値の高い仕事です。しかし現実には低賃金・長時間労働に苦しむ保育士がたくさんいます。「職業の再建」とは、こうした状況に対して、保育の仕事が低賃金・長時間労働でいいのか、その適正な賃金とは何かを社会に問うていくことです。保育という仕事の価値を評価すれば、そこに正社員か非正規雇用かという区別は生じません。社会を支える仕事の価値がどうあるべきかを問うことが重要なのです。

「職業の再建」を実現するには、産業別労働組合の役割が欠かせません。産業別労働組合が個別の事業所を超えた問題設定を行い、労働者の組織化に役割を発揮することが期待されています。近年、個別企業では完結しない労働問題が増えていることを踏まえれば、消費者や社会全般に課題発信をする役割も産業別労働組合に期待されています。

さらに具体的に言えば、産業別労働組合の調査力が核心的な重要性を持つと考えています。事業所間の労働条件の比較や、企業横断的な要求には、その前提として産業別労働組合による調査が大切な役割を果たします。

加えて、仕事の価値づけという作業も欠かせません。その仕事のどこに負荷がかかるのか。社会的にどのような役割を発揮しているのか。そのような仕事の価値の深掘りが重要です。

日本では、社会契約というものが、企業と労働者との関係に縮減して語られることが多かったのですが、もっと職業と社会のかかわりという側面に着目して語られるべきだと思います。社会を支えている職業の適正な労働条件のあり方とは何か。企業との契約という考え方から、社会との契約という考え方への転換が求められていると思います。

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