特集2019.11

日本の賃金・人事評価の仕組みはどうなっている?人事評価はなぜ失敗する?
評価の透明性を高めるには

2019/11/15
従業員の不満の種の一つである人事評価。なぜ不満が生まれるのか。うまくいかない理由は何か。背景などを人事管理を研究する識者に聞いた。
江夏 幾多郎 神戸大学准教授

成果主義のマイルド化

1990年代以降、多くの日本企業で人事管理が成果主義化し、能力主義から成果主義へ移行したとされていますが、その時代認識は正確ではありません。実際のところ、そこまで大きな変化が生じたわけではありません。制度設計の段階、特に組合員レベルでは、従業員の職務遂行能力に着目した基本給の体系は維持されたまま、業績給的な要素を若干盛り込むのにとどまる企業が多かったと思われます。

「マイルド化」の要因が制度設計段階にあるのか、運用段階にあるのかで話は異なります。制度設計の段階でのマイルド化は、処遇の安定と公正な差を同時に求める従業員の声を労使協議を通じて形にしたものと言えるでしょう。一部の人の昇給・昇格が従来よりも早くなったり、行われなくなったりしましたが、大半の人は従来通り。それで十分という考え方です。一方、運用の段階でのマイルド化は、公正な格差を設けることに失敗した結果であり、それは問題だと言えます。

そもそも、何が成果かを定義することは難しいものの、それぞれの職場には成果の良し悪しの基準が感覚的に存在しています。それを評価尺度として形にし、実際に査定を行うためには、評価する側と評価される側の綿密なコミュニケーションが不可欠です。それを行いきれなかったことが成果主義の運用の失敗の背景にあります。

成果主義を導入した多くの企業では、成果=出来高とせず、職場ごとに成果を定義するという建前で導入されたはずです。会社は現場の実態に即した成果の定義を期待していました。しかし、実際には制度を綿密に運用する意識が、評価する側とされる側の双方において十分に根付きませんでした。例えば、コミュニケーションが不十分のまま上司が一方的に査定を決める。職場の方針や状況が変わって個人の目標を変えるべきなのに、目標管理の評価項目がそのままになる。こういった、想定外で不十分な事例が多く見られました。もちろん、個別の成果の定義や異なる成果の比較は、容易なことではありません。経営も人事も労働組合も、職場のコミュニケーションをサポートしきれなかったのでしょう。

人事評価への不満理由
出所:日本経済新聞・NTTコムリサーチ共同企画調査「人事評価に関する調査」(2015)
※“人事評価に不満”と答えた355人の不満理由

失敗の要因

成果主義の導入で失敗した企業の多くは、能力主義の失敗もきちんと総括できなかった企業と言えるでしょう。

能力主義が失敗した要因は、「人の能力は目減りしない」ということにこだわりすぎて、能力の組織的価値や社会的価値が変化することに敏感になれず、能力が年功化してしまったことにありました。年功化は一部の従業員の不平不満の温床となります。また、従業員に求められる能力の定義が曖昧で、時代にあった修正を重ねてこなかったため、幅広い従業員が査定の結果に釈然としないということも発生しました。

結局、成果主義の広まりによって人事評価に対する従業員の不満が解消されたのかというと、調査の数が少ないことなどもあり、正確なところはわかりません。ただし、その中でも、評価への不満に関して日本特有の課題があることは指摘できます。それは、「嫌だったら辞める」というカードを従業員が切るケースが少ないことです。転職が一般的でない日本の職場では、評価への不満がたまりがちです。ITなどの新興産業では労働力の流動化が進んでいますが、そういう市場メカニズムが働かない場合には、評価の妥当性を高める、あるいは従業員と職場・同僚のマッチングに人事が労を払うなどの措置が必要になります。労働市場の機能不全は賃金の上がりづらさにもつながるでしょうが、職場の不満をためないためには、賃金水準について各企業が「市場に合わせる」を超えたイニシアチブを発揮すべきなのかもしれません。

一方、不満を提案に変えて、経営者に発信することもあまり行われていません。かつての労働組合が「電産型賃金」を提起したように、現代の労働組合にも時代に見合った評価・賃金制度を提起する企画力が求められていると言えます。

透明性とは何か

人事評価への不満を解消するために、透明性を高めるべきという指摘があります。透明性とは言っても、さまざまな角度から分析できます。例えば、すべての従業員に適用され、どの評価者でもちゃんと運用できる評価項目やその測定法を設け、粛々とそれを遂行するようなケースです。最近の人事評価へのAIの導入もそれに近い発想かもしれません。しかし、こうした「客観的な人事評価」だけで課題が解消するわけではありません。仕事の内容や価値、それに従事する人の目標などは、多様な解釈ができるからです。それを一つの変数に当てはめることは、納得できる半面、違和感も残ると思います。機械的な性格診断に対して、納得するところもあれば、できないところもあるようなものです。

一方、主観的な透明性を高めるという視点もあります。上司と部下が対話する中で部下が、自分に期待される役割や、組織の中の職場の役割、社会の中で企業が果たす役割などについて理解すること。そして、理解を超え、共感が生まれると、自分がいる場や先行きについての展望が開ける感覚を得られるでしょう。対話により担保される納得感も無視できません。

主観的な透明性は、従業員が求める仕事の価値や目標と、企業が求める目標などがすり合わされる中で高まっていきます。だからこそ、上司と部下のコミュニケーションや対話が重要になります。

近年、「アジャイル人事」のような人事評価システムが登場しているのは、従来型の組織ヒエラルキーでは捉えきれないチームの編成や動きが生じているからです。職場のコミュニケーションのあり方が変化すれば、評価の方法も変わります。自然な流れだと思います。

主観的な透明性で大切なことはシンプルです。上司と部下、従業員同士が互いに関心を持ち、知り、共鳴し合えるかどうかです。ここが不十分だと、いくら数学的な人事制度を導入しても納得感は生まれないでしょう。

労働組合への期待

人事評価は職場の仕事の流れと密接にかかわっています。仕事において何をすべきで、何をすべきではないのか。それを職場の一人ひとりが意識するため、業務遂行や成長の指針として人事評価が果たせる役割は大きいです。相対化や報酬とのリンクなどによりそうした役割が果たしにくくなることは否めませんが、潜在的な役割への注意関心を促していきたいところです。

職場の仕事の流れや仕事の価値を知っているのは、そこで働いている人たちです。仕事を通じた価値創出のために、どのように業務を割り当てたり、一人ひとりを動機付けたりすればいいのか。そのために、どのような評価制度を設計し、どのように運用してもらうのがいいのか。労働組合は職場のことを知っている人たちの声を集めて、制度のありようを企業に提起できれば、人事部も人事評価により真剣に向き合うでしょう。職場が多様化する中、人事評価の客観的および主観的な透明性を高めるため、労働組合は会社と従業員のコミュニケーションをサポートする役割を発揮してほしいと思います。

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