特集2019.11

日本の賃金・人事評価の仕組みはどうなっている?アメリカで進む「処遇の二極化」
労働者はどう対応すべきか

2019/11/15
アメリカのグローバルIT企業などでは処遇の二極化が進んでいる。背景にあるのは人事評価の変化だ。働く人たちはこの変化にどのように向き合うべきだろうか。
山崎 憲 独立行政法人 労働政策研究・研修機構
主任調査員

変化するアメリカの人事評価

アメリカのグローバル企業における人事管理の仕組みは、ここ15年ほど大きく変化しています。実は日本企業の影響がそこにあります。兆しは1990年代からありました。注目されたのは、自動車メーカーのプロジェクトマネジャー(PM)です。当時、日本の自動車メーカーが採用していた、部門や企業を横断したプロジェクト方式が低コスト・高品質の新製品を生み出していたことにアメリカの企業は注目しました。そのカギを握っていたのがPMでした。

アメリカのグローバル企業はこの仕組みを導入しようとしましたが、当初は失敗。プロジェクトにコミットメントする従業員の意欲を引き出せなかったことが原因でした。その要因の一つが縦割り式の職務給システムでした。

アメリカのグローバル企業は変革を止めませんでした。2010年代に入ってから評価システムは明らかに変化しています。縦割り的な職務評価ではなく、プロジェクトをいかに動かせるかが評価の軸になっているのです。人事評価では職務に基づいたアウトプットを求められるだけではなく、チームメンバーの意欲をどれだけ引き出したか、後輩をどれだけ育成できたかということも評価の対象になります。チームへのコミットメントや能力を引き出すという点で、日本の評価システムに近づいているのです。

採用段階から生まれる格差

人材採用にも同じ傾向が見られます。大学から新卒者を採用する際にも専門性だけではなく、チームワーク力やリーダーシップ力などが問われるようになっています。グローバル企業に採用される学生は、ほとんどが有名大学出身です。こうした有名大学は、ワークショップやインターンシップを通じてチームワーク力などを育成するカリキュラムを学生たちに提供しています。エリート層は学生時代からそれらの能力を伸ばしています。

アメリカのグローバル企業に採用される学生は、博士号などの専門性を持っているだけではなく、同時にチームワークに関する実践を含めた教育を施された少数精鋭のエリートたちです。採用段階ですでに大きな差が生まれているのです。企業にとってはプロジェクトの成否が事業の命運を握っているため、それを運営できる能力を持った人材に高額の報酬を支払います。こうして格差は広がっていきます。

3分の1の処遇

今年に入ってグーグルの下請け企業に労働組合が結成されました。組合を結成したエンジニアたちは、自分たちはグーグルの社員と同じ仕事をしているのに処遇の格差が大きすぎると訴えています。

しかし、企業側から見るとまったく違う仕事をさせていることになるのです。つまり、(1)職務のアウトプット(2)チームメンバーへの影響(3)後輩の育成──。このうち下請けの労働者たちは職務のアウトプットしかしていない。残りの3分の2に当たるチームメンバーへの影響と後輩の育成では役割を発揮していない。だから報酬も3分の1。こういう主張なのです。アメリカのグローバル企業の評価軸は、いわゆる成果主義からは大きくかじを切っていて、プロジェクトをどのように運営したかが大きな評価軸になっています。この変化に目を向ける必要があります。

新しい連帯の動き

プロジェクトの運営を任されるPM的労働者は、部署や企業を横断して働くため、職務の範囲が広く、かつ、あいまいであり、職務に基づく賃金システムを基に運動を展開してきた従来型のアメリカの労働組合にはなじみません。

しかし、こうした労働者の間でも、最近では従来型と異なる運動の兆しが見られます。例えば、マイクロソフトの従業員がAR(拡張現実)機能の軍事利用に反対したり、フェイスブックやアマゾンの従業員が気候変動問題で声を上げたり、グーグルの従業員がハラスメント問題で「ストライキ」をしたりといったような動きです。また、こうした労働者たちからは、経営参加や経営の民主化を求める声も上がり始めています。ピラミッド上層のポジションにいる労働者たちが緩やかな連合体をつくり始めています。

過熱化する競争への対策

では、一方で請負のポジションにいる労働者たちはどうすればいいでしょうか。企業の論理からすれば、請負で働く労働者たちは3分の1の役割しか果たしていません。これに対して、従来の職務評価に基づく手法では、格差是正は困難です。担っている職務の範囲が異なるからです。

とはいえ、「GAFA」が膨大な富を稼ぎ出す中で、それを支える労働者との間で非常に大きな格差が生まれてしまうことを許していいのかという問題は残ります。労働組合としては、企業とは異なる論理で労働の適正な尺度を生み出さなければいけません。それは例えば、リビングウェイジ(生活賃金)であったり、請負で働く人たちの交渉手段の確保だったりします。

また、他方で国連の持続可能な開発目標(SDGs)のように、持続可能な開発というアプローチから富の独占を規制していくという手法も考えられます。

アメリカのグローバル企業がプロジェクトマネジメントを重視した人事管理を取り入れたかというと、そこに競争があるからです。それらの企業は、競争に勝つためにビジネスにプロジェクト方式を取り入れ、人事評価のシステムをつくり替えてきました。

しかし、競争が過熱化しすぎれば、人間の身体はそれについていけません。人間が生き残るためにも、持続可能な競争のルールをつくる必要があります。SDGsは、そのうちの一つです。労働組合もそうしたルールを提案しなければいけないということです。運動を盛り上げるのは世論です。それをどう喚起していくかが重要なポイントになるでしょう。

このようにアメリカのグローバル企業のビジネスモデルや人事管理制度の枠組みは大きく変化しています。その起源は日本型の雇用管理システムです。ここを見誤ると日本はこの先の道を踏み外してしまいます。

日本型雇用システムにも変化は起きていますが、その背景には競争があることを見落としてはいけません。仮に職務評価の導入が進むとしても、それは自然と起きるわけではないのです。労働組合として、主体的にルールを提起する力を付ける必要があると言えるでしょう。

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