特集2020.06

新型コロナウイルスと労働関連問題「コロナ危機」と「日本社会のしくみ」
企業間の分断線に注目を

2020/06/12
新型コロナウイルスの感染拡大は日本の雇用社会に大きな打撃を与えている。日本型雇用は今回の危機において、どのように作用しているのか。『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』の著者である小熊英二教授に聞いた。
小熊 英二 慶應義塾大学教授

──「コロナ・ショック」で「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる労働者に注目が集まっています。しかし、そうした仕事は社会の再生産に必要である一方、不安定・低処遇であることも多いです。「日本社会のしくみ」はどう影響しているのでしょうか。

その問題は、日本社会特有の問題と言える部分と、世界的にも普遍的な問題と言える部分があります。「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる、肉体を使う現業労働者の待遇が悪いのは、普遍的な問題でどの国でも変わりません。知的作業の方が評価も待遇も良く、テレワークもやりやすく、今回のような事態でも感染のリスクも少ない。これは世界のどの国でも同じです。ただし、その格差の表れ方が日本と他国で若干異なるということだと思います。

日本社会特有の問題があるとすれば、格差が企業規模の相違として表れることです。アメリカではこの問題は人種格差として表れます。対面状況を必要とする仕事はエスニック・マイノリティーに多く、感染リスクが高い上に、失業のリスクも高い。日本ではこうした問題がエスニック・マイノリティーよりも、企業規模間格差として表れます。東京商工会議所が会員企業に対して行った調査では、従業員300人以上の企業ではテレワーク実施率が57.1%だったのに対し、従業員50人未満の企業では14.4%でした。こうして企業規模間の格差として表れるのが日本の特徴だと思います。

管理的業務と現業との分離はどの国にもありますが、日本の場合は現業を下請けの中小企業に委託するという形が多い。管理部門を本社に残し、現業的な仕事は業務委託としてアウトソースする。それが結果として、企業規模の格差という形になるのが日本の特徴と言えますね。

──雇用形態間の格差についてはどうでしょうか。

雇用形態の問題では、派遣労働者がよく問題にされます。派遣先の社員はテレワークをしているのに、派遣社員だけが出社を命じられるようなケースは、非常に不合理なものとして報道でも取り上げられやすい。雇用形態による格差が誰の目からもわかりやすいからでしょう。それは、派遣社員が派遣先の正社員と同じ職場で同じような仕事をしているからです。

でも、問題は派遣社員だけに表れるわけではありません。待遇格差は企業規模間にもあります。待遇の低い仕事を下請け企業にアウトソースするのも、構造的には派遣社員の問題と同じです。しかし、それがあまり取り上げられないのは、会社が違うからに過ぎません。正規・非正規という分断線とともに、企業間にも大きな分断線が存在するということです。

概して日本では、企業内の待遇格差は問題になるけれど、企業が違うと問題にされにくい。この間、政府が取り組んできた日本型の「同一労働同一賃金」は、同一企業内での均等・均衡待遇を求めるものでしかなく、企業間の待遇差は不問です。それ自体を大きな前進と言うこともできますが、良くも悪くも日本の慣行に沿った施策だと言えるでしょう。

──「エッセンシャルワーカー」の仕事を評価し直すような労働の価値の見直しは起きるでしょうか。

管理業務や知的業務の評価が高く、肉体労働、感情労働、ケア労働などの待遇が低いという問題は世界共通です。後者をリスペクトし、評価する仕組みづくりが大切だという議論はこれから各所で出てくるでしょう。今回の事態を機会に、「エッセンシャルワーカー」の仕事を評価する議論を提起することは良いことです。

日本ではこれまで、社会保障費の抑制のためケアワークの資格要件を緩める動きが続いてきましたが、知識や経験を評価できる仕組みをつくるべきです。

一方、職種を問わず同じ企業の正社員は平等にしようとする通称「メンバーシップ型」から、職種ごとの仕事内容で評価する通称「ジョブ型」へ変化させる場合には、現業労働者の評価を意識的に高めないと、職種ごとの格差が広がる可能性が高いです。日本の1950〜60年代の労使交渉では、それを懸念して労働側は「社員の平等」を主張していました。

当時の経営側は、知的職業を高く評価する一方、現業労働は誰でもできるからという論理で仕事の評価を低く設定しようとしました。それに対して現業労働者が中心だった労働組合は、勤続年数で評価すべきという論理で対抗しました。そうした労使交渉の結果、日本企業では、同じ企業に属していれば知的労働者でも現業労働者でもできるだけ平等にしようとするシステムが生まれました。その代わり、そのシステムには企業や雇用形態が異なれば問題視しないという側面もありました。「エッセンシャルワーカー」の仕事の評価の見直しと「ジョブ型」への移行は、問題の軸が若干異なると言えます。日本型雇用の特徴は、企業を横断した基準がないことです。その点を踏まえる必要があるでしょう。

──企業間の分断線という問題を乗り越えるためには?

労働組合に期待するという点では、産業別労働組合が企業間の格差を問題視し、労働条件の適切な最低ラインを決める役割を果たすことです。ドイツでは、産業ごとに賃金の最低ラインとなる協約賃金が産業労使で締結され、各企業がそれに上乗せするシステムが取られています。

もっと現実的な案としては産業別労働組合がかつての「地区労」のような役割を果たす方法も考えられます。つまり、組合のない企業の労働者が産業別労働組合に個人で加盟し、産業別労働組合が労使交渉をサポートしたり、産業の協約賃金を締結したりする。それができれば、労働者の共感も得られるはずです。

日本の場合、良くも悪くも「企業間」の格差は不問にするけれども、「企業内」の誰か一人でも底上げすれば、その企業全体に広がりやすい。日本型の「同一労働同一賃金」は同一企業内だけでの均等・均衡待遇を図るものにとどまりますが、個人加盟を援助すれば企業間の格差縮小につながります。労働組合のなかった職場で労使交渉できる仕組みを産業別労働組合が整えていければ、企業間格差を縮めていく回路をある程度担保できるでしょう。

──格差是正を求める運動など、今後の社会運動はどう変化するでしょうか。

基本トレンドは変わらないと思います。こうしたショックは、基本トレンドを強めたり、加速させたりすることはあっても、根本的な変化をもたらすことは多くありません。東日本大震災をみてもそうです。津波は地方の過疎化を加速させ、原発事故は脱原発の流れを強めましたが、それらは震災前からあったトレンドでした。今回も同じではないでしょうか。

格差の拡大は、これまでもあったし、今後に経済が悪化すればますます顕在化するでしょう。そうなれば格差是正などを求める声は高まり、組合の果たすべき役割も増えるはずです。

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