特集2020.06

新型コロナウイルスと労働関連問題「ウィズ・コロナ」とジェンダー格差
声を上げ続けることが大切

2020/06/12
DVが世界的に増加するなど、新型コロナウイルスの影響はもともとあったジェンダー格差を助長している。ジェンダー問題の視点から求められることは何かを聞いた。
三浦 まり 上智大学教授

不平等な被害

国連女性機関(UN Women)は4月上旬、各国がロックダウン(都市封鎖)の措置を実施する中で、女性に対する暴力、DVが増加しているとして、「影のパンデミック」という表現で警鐘を鳴らしました。

女性にとって家の中は安全とは限りません。国連薬物犯罪事務所の2018年の報告書によると、2017年に全世界で殺害された女性の人数は約8万7000人。このうち加害者が夫やパートナーなど身の周りの人物だった割合はおよそ6割でした。身近な人物から危害を加えられる可能性のある女性や少女にとって、都市封鎖は暴力に遭うリスクを高めます。

さらに、新型コロナウイルスの影響で失業が広がり、そのストレスが家の中にいる女性に向かうことは容易に想像できます。外出制限下で、家の中から相談の電話をかけたり、シェルターに駆け込んだりすることができないため、それらに代わる支援方法を用いる必要も生まれました。実際、SNSを使った相談活動が世界的に増加しています。

災害が発生すると、その被害はすべての人に同じように広がるわけではありません。社会にもともとあった不平等がさらに悪化した形で表れ、被害は格差や差別によって不平等に分配されます。ジェンダー格差もその一つです。

だから、これらは正義の問題として捉えられます。社会的につくられた不平等がもたらす問題ですから、正義の観点から批判し、新しい社会システムを構築しないといけません。

すでに気候変動対策では「気候正義」という言葉が使われていますが、今後は「コロナ正義」という言葉が生まれるかもしれません。

措置が格差を助長するケースも

国民一人に一律10万円を給付する「特別定額給付金」でもジェンダーに関する問題が生じました。給付金の受給権者が世帯主になったことです。政府としては効率性を重視したということなのでしょうが、現実的に世帯主の多くは男性です。DVや虐待被害者の女性などが排除される懸念が高まり、支援団体が声を上げた結果、運用段階での改善が行われましたが、問題に対する感度の低い自治体などでは、被害者に十分な支援が行き届かない可能性があります。今後も注視が必要です。

このように、ジェンダーを巡る問題は、もともとあった問題が顕在化するケースと、政府が取った措置が問題を深めてしまうケースがあると言えます。

世帯主のような観念が持ち出されたり、キャビンアテンダントが防護服を縫製したり、「スーパーへの買い出しは男性が行ったほうがいい」という大阪市長の発言があったり、そこには性別役割分業の意識と女性の仕事への軽視が色濃く読み取れます。そうした意識や偏見が政策にも反映されないよう、今後もチェックしていく必要があります。

声を上げ続ける

雇用の面でも、女性の雇用の半数以上は非正規雇用で、経済的な影響を受けやすい立場にあります。さらにケア分野をはじめ、対人接触を伴う職場では、多くの女性が感染リスクにさらされる一方、低賃金、不安定雇用で働いています。

医療や保育、介護など、私たちの生活がいかにケア労働に支えられているか、家庭内でのケアも含め、今回そのことがはっきりしました。そこから社会のあり方を見つめ直し、ケアの価値が再評価されることを期待しています。

日本ではこれまでの災害支援の経験を通じて、災害とジェンダーに関する知見が蓄積されています。今回その知見が生かされたと評価できる点もありますが、不十分です。今後の支援のあり方などに関して、意思決定の場に女性の参加を促すなど、ジェンダーの視点を盛り込むよう、さらに訴える必要があります。

今回の危機対応では、ドイツやニュージーランド、台湾など、世界の女性リーダーの活躍が目立ちました。女性がリーダーになれる社会は、チャンスが平等に開かれた社会とも言えます。それは、意思決定の場において多様な人材が活躍できることも意味しています。日本政府の度重なる失態は、人材登用の仕組みに深刻な問題が生じていることを示していると思います。

欧米での「#MeToo」運動以降、日本でも財務次官のセクハラ問題や医学部入試差別問題、フラワーデモなどの動きがあり、性差別に気付き、声を上げる人が増えてきました。ツイッター上で「#世帯主ではなく個人に給付して」というハッシュタグなどが自然発生的に広がったのも、そうした動きがあったからだと思います。

実際、声を上げたことが政権の政策を確実に変えています。今後、オンラインでの社会運動がさらに広がることを期待しています。

新型コロナウイルスがもたらす影響は、今はまだ入り口に過ぎず、今後の展望を見通すことは困難です。給付金の問題のように、課題が生じたら、そのつど声を上げ、より良い方向に導いていくしかありません。

今後、「ウィズ・コロナ」がしばらく続く中で、支援のあり方によって人々の間に分断線が引かれてしまうことを懸念しています。 重要なのは、危機に対して最も脆弱な層に手厚い支援を届けることです。厳しい状況を耐え忍ぶので精いっぱいで声を出せないかもしれません。その中でも声を上げた人の思いを拾い上げていく。そうした積み重ねが大切だと思います。

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