新型コロナウイルスと労働関連問題経済・雇用の動向 収束後は賃上げが重要に
調査部 副理事長
「コロナ危機」のインパクト
2008年のリーマン・ショックは、アメリカの不動産バブルの崩壊をきっかけとした経済危機で、日本経済に対しては、海外経済の急速な悪化を背景に製造業を中心に大きなダメージを与えました。一方、今回の「コロナ危機」は、製造業にも影響は及んでいますが、外出自粛要請などを背景に、飲食や観光、宿泊などサービス業を中心とした内需産業に大きなインパクトを与えています。
リーマン・ショックの原因は不動産バブルの崩壊で、不良債権などの問題を出し尽くしてしまえば、金融政策や財政出動などを打つことで、回復の見通しを立てることは可能でした。しかし、今回の危機の場合は先行きがはっきりせず、影響が長期化しそうな点が問題です。
リーマン・ショック後の景気回復をけん引した中国も、当時のような勢いはなく、同じ役割を期待するのは難しい状況です。1930年代の大恐慌以来とも指摘されていますが、リーマン・ショックを上回る規模の経済危機が起きていると言えるでしょう。
今回の経済危機のインパクトは、5月段階ではまだ出始めたばかりだと思います。緊急事態宣言の解除後も、経済の水準はしばらく元に戻りません。イギリスの雑誌『The Economist』は、「9割経済」という表現で今後の経済情勢を見通しましたが、私は「半値戻し経済」と呼んでいます。産業によって違いはありますが、企業の売上が十分に回復しない状態が続くということです。
そうした状況では、固定費が高い企業は赤字に陥ります。公的なサポートがなければ、企業の倒産や廃業が広がり、その結果、リストラ圧力が高まり、雇用に対する調整圧力が1年以上にわたってかかり続ける可能性もあります。それを踏まえれば、社会を守るための施策を継続して打つ必要があります。
求められる対策
私は三つの施策を取るべきだと提案しています。
一つ目は、政府が「緊急安定化基金」のような基金を創設し、スピーディーに拠出できる準備をしておくこと。政府は第一弾の対策として、一律10万円の給付金や「持続化給付金」などを展開してきましたが、今後を見通せば、それでは足りないことはほぼ明らかです。国債を財源とし、数十兆円規模で基金に積み立てておくべきです。社会を守るために必要な緊急措置です。
とはいえ、多額の国債を発行すれば、それは将来世代の負担になります。社会を守るために必要な財政出動は行うべきですが、できるだけそれに頼らない状態をつくる必要もあります。
そのため、二つ目の対策は「半値戻し経済」であっても、事業活動が少しでも継続できる体制を整えておくことです。雇用分野では「従業員シェアリング」という取り組みがすでに出てきています。外出自粛などで休業せざるを得なくなった企業の従業員が、宅配や農業など人手不足に悩む分野の企業などで一時的に働くという取り組みです。本人の同意を得ることが前提ですが、働く側としても休業を続けるよりも、働くことで自尊心や生活規律を維持することができます。十分な感染防止策を取り、労使がアイデアを出し合って働き続けられる環境を整備することが必要です。それが財政負担を和らげることにもつながります。
三つ目の提案は、「コロナ危機」後を想定して、準備をしておくことです。今回の危機をきっかけにオンライン化が一気に進めば、雇用構造にも影響が及びます。働く場所や求められるスキルが変わるだけではなく、オンラインでの仕事が増えれば、副業やフリーランスも増えるでしょう。失業給付や職業訓練で雇用構造の変化の影響を和らげたり、フリーランスのセーフティーネットを整えたりする対策が求められます。
新自由主義の見直し
各国の状況を見ていると、所得格差や社会保障システムが、感染状況や経済政策に影響していることがわかります。中間層の形成や生活保障のあり方があらためて問われています。
今回のパンデミックの前から、株主主権や市場原理主義という新自由主義的な政策に対する見直しは起きていました。アメリカの大統領選の候補者選びでサンダース氏やウォーレン氏に人気が集まったのも、そうした流れの一つです。今回の危機を受けて、こうした流れはあらためて加速するのではないでしょうか。
グローバル化についても同じことが言えます。日本は医療や衛生分野の自給率の低さが指摘されていますが、「生活安全保障」にかかわる分野に関しては、国内生産の重要性が再認識されるのではないかと考えています。
「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる生活を支える分野で働く人たちへの再評価が起きています。すでに、企業が一時金を支給するなどの動きが起きていますが、労働組合は着実な処遇改善を引き続き訴えていくべきです。本来的にもっと価値のある仕事をしていたという意味で、ゆがみの是正とも言えるでしょう。非正規雇用で働く人たちの正当な評価につなげていく局面だと思います。
収束後は再び賃上げを
今回の危機で、各国政府が財政支出を増やしています。コロナ危機の収束後には財政再建の課題が持ち上がります。そうすると、世界経済のスピードが遅くなり、外需に頼る成長が難しくなります。
日本でも財政再建の課題は将来的に出てきます。その際、重要なのは経済成長、とりわけ賃金の引き上げです。財政再建しようとすれば、賃上げは不可欠です。
確かに足元では雇用の維持が優先されるべきで、一部を除いて賃上げを求められる状態とは言えません。しかし、「コロナ危機」が収束に向かう段階では、賃上げが再度重要な課題となります。世界経済が財政再建で内向きになれば、外需に頼れなくなり、内需中心の経済成長がより重要になります。そのためには、賃上げによって国内消費や家計支出を増やす必要があります。医療・衛生分野や、デジタル化の推進などによって、新しい成長分野を生み出すことが大切です。
世界的な連帯が大切
今回の危機はグローバル規模の問題を投げ掛けています。「MERS」「SARS」をはじめ、グローバルな感染症の問題はこれまでにも起きていました。その背景には、地球環境問題があります。開発による自然破壊によって野生動物と人が接触する機会が増え、それがグローバル化と相まってパンデミックが生じやすい状況になっています。短期的な効率性を重視し、無秩序にグローバル化を推し進めてきた問題に対する根本的な問いを投げ掛けています。
経済的にも、危機から早く抜け出せる国と、影響が長く残る国との格差を広げることになりかねません。地球環境問題や経済格差に対しては、国際的な連携による対応が不可欠です。米中対立など、残念ながら問題は山積です。労働組合には、労働者という立場で国際的な連帯の役割を発揮してくれることを期待しています。