特集2020.12

2021春闘に向けて「賃金の個別化」にどう対応するか
労働組合が果たすべき役割とは?

2020/12/14
近年、査定により決まる賃金の割合が増えている。こうした「賃金の個別化」に対して労働組合はどのような役割を発揮できるだろうか。識者に聞いた。
鬼丸 朋子 中央大学教授

「賃金の個別化」とは

「賃金の個別化」とは、仕事ぶりや、取り組み姿勢、成果、出来栄えなどを評価した結果に応じて、個人の賃金額に差がつくことを指します。近年、何らかの評価に左右されることなく一律で賃金額が決まる範囲が狭まり、個別に賃金額が決まる部分が増えてきています。

個人の賃金額が決定するまでには、まず賃金支払いにあてられる原資の総枠を確保する必要があります。次に、確保した原資の総枠を個人に分配するわけですが、その際に、企業への貢献度や仕事の出来栄えといった経営者による評価を反映しやすい範囲がますます拡大しているのです。一方、労働組合は、組合員本人とその家族が安心して生活できるだけの安定した賃金が支払われるように長年かけて企業と交渉してきましたが、徐々に個々の組合員の賃金額の決定に関与しづらくなってきています。

こうした動きは今に始まったことではありません。たとえば、第二次世界大戦後、電算型賃金によって年齢・勤続、家族の人数などで賃金が決まっていた頃、経営側は企業への貢献度の多寡ではなく、個人が担当している職務に応じて賃金は支払われるべきだと主張し、職務給の導入をめざしました。その後の職能給導入や成果主義への注目、役割給へのシフトに際しても、同じ傾向がみられます。すなわち、企業は個人の賃金額決定に対して、評価によらず固定的に支払われる部分を縮小し、自らの裁量の及ぶ範囲を広げようとする試みを続けてきた側面があるのです。貢献度が高いと評価した者に手厚く報いたいという企業の姿勢は、一貫しているといえるでしょう。ただ、時代によってその立ち現れ方が異なるということです。

最近は、支払額を事前に決めておくのではなく、経営者が仕事の成果や出来栄えを判断して、いわば事後に支払額を決める傾向が強まっています。具体的に賃金の個別化がどのように生じるかをみると、まず基本給において査定で賃金が決まる範囲が広がり、その差が一時金支払時に基本給×3.0カ月分といった形でさらに拡大します。加えて、一時金が企業業績、部門業績、個人業績等と連携している場合、賃金の個別化はさらに進むと捉えられます。

労使交渉への影響

では、賃金の個別化は労使交渉にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。賃金の個別化によって、組合員からは、自分の賃金が労使交渉の結果によって上がるということが見えづらくなっています。組合員は、春闘の集会に参加しても、それが自分の労働条件にどう跳ね返ってくるのかわかりづらくなってきているのです。このような状況において、「労働組合は組合員の求心力をどう保つか」が課題になることは言うまでもありません。

もちろん、労働組合が春闘で確保した賃上げの原資こそが個別の賃金額に反映されるのですが、この関係性が組合員から見えづらくなっているのです。この関係性を組合員にクリアに示し、獲得した原資を配分する時に彼・彼女たちの「想い」をどれだけ汲み取れるかは、労働組合の求心力の向上にとって重要な点の一つです。

一方で、多くの人が査定に対して不満を抱いています。それは、働く人々自身が、自らの企業への貢献をフェアに評価されていないと感じている面があるからではないかと思っています。企業が求める仕事の要求水準は年々高まっています。特に「働き方改革」で仕事の効率化が求められるようになり、これまで複数人で担当していたような仕事を1人でこなすよう求められることも珍しくありません。にもかかわらず、報酬の水準は、負担に見合うほどには上がっていないのが現状ではないでしょうか。負担や貢献に見合う報酬を支払われていないとすれば、それはフェアとは言えないでしょう。労働組合は、貢献の測り方などについてもっと積極的に発言していくべきです。

そのために、業務の「見える化」を進めることが大切です。日本ではどういう仕事の質や量が1人前かという基準が、多くの場合曖昧になっています。職場ごとに業務を分析し、1日8時間でできる仕事の量・質を洗い出し、相場観を共有することで、1人分の適正な仕事量が見えてきます。このような取り組みを通じて、例えば、時間当たり生産性の高い人を評価することのできる土壌が生まれる可能性が高まっていくでしょう。

労働組合のモニタリング機能

労働組合は、査定の運用をチェックすることもできます。例えば、人事面談を実施するはずがしていない、30分と約束していたのに5分しか面談していないといった場合に労働組合が会社に対して改善を要求することができます。

また、労働組合が査定の結果を把握してビッグデータ化することで、モニタリング機能を発揮することもできます。例えば、上位の評価の数が著しく少ない、査定の分布に偏りがある等、職場でアンケート調査などを行うことで制度のゆがみを発見して改善を求められるのです。

労働条件の個別化が進むほど、制度が当初意図した形で運用されているか、フェアな形で適用されているかなどのモニタリング機能の実効性を高めることが重要になります。そうした機能を発揮せず、ただ単に個別化だけが進めば、上司のご機嫌取りをする労働者だけが取り立てられるような、恣意的な人事管理の時代に逆戻りしてしまいます。それを許さないためにも、集団的な労使関係が発達してきた歴史を改めて学ぶ必要があるでしょう。

個人の仕事の頑張りを評価することは、集団的な労使関係が不要になるということを意味しません。むしろ、個人が安心して働き続けるために、集団的な労使関係によって前提となる仕組みやルールを整えておく必要があります。個別の労使関係と集団的労使関係を対立的に捉えるような言説には注意が必要です。

賃金の個別化が進む中で、個人が集団的労使関係の意義を気付くのが難しくなっています。しかし、個人が不利益を被らないためにも、労働組合が仕組みづくり、運用、モニタリング等、各段階で積極的にかかわっていくことが重要です。そのために、労働組合が幅広い組合員の声を結集し、組合員の賃金決定にしっかりとかかわり続けられるかが問われています。

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