特集2021.03

社会貢献活動・ボランティアの10年サプライチェーンの人権侵害なくす
「ビジネスと人権指導原則」を知る

2021/03/15
企業は、その社会的責任をどう果たすべきか。その中で働く人は何を意識すべきか。SDGsやESG投資などの取り組みが広がる中、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」から考える。
伊藤 和子 弁護士/
NGOヒューマンライツ・
ナウ事務局長

企業の人権尊重が国際的な流れに

「ビジネスと人権に関する指導原則」は2011年、国連の人権理事会で採択されました。国連では、1990年代から、グローバル企業による国境をまたいだ人権侵害に対して、十分な救済システムがないことが問題視されてきましたが、2011年になってようやく文書として取りまとめられました。

「ビジネスと人権に関する指導原則」には、三つの柱があります。国が企業による人権侵害から人々を守ること。企業には、人権を尊重する責任があると定めたこと。人権侵害が生じた場合の救済システムを設けること──の三つです。

特に企業の責任に関しては、国内のみならず、グローバルなサプライチェーンすべてのプロセスで人権侵害が起きないように対処努力する責任があると明記されたことは重要です。

2015年のG7サミットでは、各国が指導原則に基づき、国内計画を定め対応していくことが確認されました。背景には2013年にバングラデシュで、欧米のファッションブランドの製造を委託された工場が多数入居するビルが倒壊し、1000人以上の労働者が犠牲になる事故が起きたことがあります(ラナプラザビル崩壊事故)。数多くの労働者が、劣悪な労働条件と危険な労働環境下で働かされていました。指導原則が適用されていれば、こうした事故は防げたかもしれません。その反省を踏まえ、G7各国も責任あるサプライチェーンの実現に向けて本腰を入れるようになりました。

指導原則は条約ではないため、拘束力という点では課題が残りますが、大きな流れになっています。指導原則は国連責任投資原則(PRI)などの投資判断の枠組みに組み入れられるようになっているため、順守しているかどうかは株式や投資にも影響します。指導原則を守っていなければ、不買運動の対象にもなります。日本企業には、こうした国際的な流れを踏まえた対応が求められます。

「ビジネスと人権に関する指導原則」は、SDGsともリンクしています。指導原則の採択から約10年がたち、順守すべきという認識は高まりました。それをどこまで実践できているかが問われています。

人権デューディリジェンス

「ビジネスと人権に関する指導原則」の特徴は、企業に人権デューディリジェンスを求めていることです。これは、アセスメントに似た仕組みです。企業の生産プロセスの中に、人権が侵害されるかもしれない人たちがいないかどうか、そのリスクを調査・特定し、リスクがあれば是正を図ります。さらにその取り組みの情報を開示し、NGOなど第三者の意見を反映しながら、次の計画に生かします。こうしたサイクルのことを人権デューディリジェンスと呼びます。

イギリスは2015年、一定規模以上の企業に対して、自社の事業に関連した現代奴隷(児童労働、強制労働、人身取引など)をなくすための人権デューディリジェンスを開示するか、開示しないのであればその理由の説明を義務付ける『現代奴隷法』を制定しました。フランスでは2017年に一定規模以上の企業に人権デューディリジェンスの実施を義務付ける法律が成立しています。他国の労働者が企業の義務違反による人権侵害を訴えた場合、フランスの裁判所がその訴えを受理し、義務違反が認められれば、企業は損害賠償を支払わなければいけません。またEUでも、人権デューディリジェンスを企業に義務付ける方向で議論が進んでいます。

遅れる日本政府と企業

一方、日本では、政府が2020年10月に、「ビジネスと人権」に関する国別行動計画(2020-2025)をようやく策定しました。ただしその内容は、人権デューディリジェンスの開示を企業に義務付ける法案の策定にも至っておらず、他国に比べて後れを取っていると言わざるを得ません。

他方、日本企業ですが、人権方針を定め、ウェブサイトなどに掲げる企業は増えてきました。その方針を取引先の選定基準に用いている企業もあります。ただし、実態が伴っているかどうかが課題です。例えば、企業の人権方針を取引先が守っているかどうかを確認しているかというと、きちんと行っていないケースが少なくありません。「信頼して任せている」とか、年に1回、1カ所だけ現地を視察するとか、その程度で済ましてしまう場合も多いです。これでは、人権デューディリジェンスが実施されているとは言えません。

また、日本企業が「現地の法律では問題にならない」と主張することもありますが、その法律が国際基準を満たさないケースも少なくありません。国際基準で人権を守る必要があります。

人権デューディリジェンスを実効性あるものにするには、現地の従業員が直接訴えを起こせるホットラインを設定したり、現地の労働組合やNGOなどと定期的な意見交換の場を設けて幅広い声を拾ったりなどの取り組みが求められます。

また、きちんと現地調査を行うことも重要です。その際には、労働者が話しやすくなるよう、管理者がいない場所でヒアリングするなどの配慮が必要です。

日本企業は問題が生じた際に課題への対処プロセスを開示しようとしません。しかし、国際的には、「問題がない」とアピールするより、「課題はあるがこういう方法で解決しようとしている」と情報を開示した方が信頼を得られます。

日本企業は、ビジネスと人権に関して、国際的にかなり遅れているので、マスメディアやNGOなどによるキャンペーンの対象になりやすいと認識すべきです。国内で許されていることでも国外では許されないという事例が今後増えるはずです。

国内での活用

「ビジネスと人権に関する指導原則」は、国内のサプライチェーンももちろん対象になります。グループ会社や取引先の労働者、派遣労働者の人権が守られていなければなりません。

外国人技能実習生の労働環境は典型的な問題です。この問題は、下請けの零細企業を非難するだけでは解決できません。その製品・サービスを発注している企業の責任を問う必要があります。人権方針を掲げながら、技能実習生を酷使する企業に漫然と発注を続けているような企業は人権デューディリジェンスを果たしているとは言えません。

指導原則はサプライチェーンの中で人権侵害が生じていた場合、当該の下請け企業との取り引きをすぐに打ち切るのではなく、問題解決のために発注企業が一緒に取り組むことが大切だとしています。取引条件が適正かどうかなどを含めて、発注元の企業と委託先の企業が真摯に協議することが重要です。産業別労働組合には、さまざまなレイヤーの企業の組合が加盟しているので、この指導原則をぜひ生かして、現場からの情報を収集し労使対話に取り組んでほしいと思います。

グローバル化する世界の中で、労働者を搾取して成り立っているビジネスがあります。そうした搾取や人権侵害を放置していると、それは日本の労働者にも跳ね返ってきます。海外で人を酷使し搾取して利益を得ることが習慣になれば、同じまなざしが日本の労働者にいつ向けられるかわかりません。自分の会社の事業がそうした人権侵害に加担していたとしたら、皆さんはどう感じるでしょうか。実際、ミャンマーの軍事クーデターでは、軍部とビジネスを展開してきた日本企業が国際社会から名指しで批判されています。世界で起きている痛ましい自由の弾圧と日本企業は無関係ではないと強調したいと思います。皆さんの生き方にもかかわる問題だと思います。人ごとだと思わず、ぜひ一緒に考えてほしいと思います。

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