特集2021.12

「安い日本」
労組の力で転換を
賃上げには労働組合の力が必要だ
適正な価格転嫁が賃上げにつながる
JAM「価値を認めあう社会へ」

2021/12/15
適正な値上げができないことが、利益の抑制や賃上げの低迷につながっている。「安い日本」の背景には、中小企業の抱える問題がある。中小労組が多く加盟するJAMでは、「価値を認めあう社会へ」をスローガンにした活動に取り組んでいる。

値下げ要請と負の連鎖

中小製造業の労働組合が数多く加盟する「ものづくり産業労働組合JAM」。1999年の結成以来、「公正取引慣行の実現」を掲げ活動してきた。

2014年からは「価値を認めあう社会へ」をスローガンとして掲げ、「付加価値が適正に評価され、価格転嫁される社会」の実現をめざしている。

JAMが企業間取引の課題に注力するのは、適正な価格転嫁ができなければ、賃上げも、それを起点にした健全な経済成長も実現できないという問題意識を持っているからだ。

背景にある問題とは何か。2016年3月にJAMが公表した調査(「JAM取引実態調査」)を見てみよう。それによると回答企業の約66%の企業が、「製品販売価格の低下」を経営上の問題として挙げている。

製品販売価格が低下する理由を尋ねると、約8割の企業が「同業他社との競争の激化」とともに「製品納入先からの価格引き下げ要求」を挙げた。この回答から多くの企業が値下げ要求に直面していることがわかる。

その上で、調査では価格引き下げへの対応を聞いている。最も多い回答は「生産工程・外注策・物流体制の合理化」(約50%)だが、次いで「調達先への価格の引き下げ要請」(約35%)、「労務費や固定費等の削減」(約30%)が続いた。つまり、納品先企業からの値引き要請が、下請けから孫請けへの値引き要請や、人件費カットにつながっているのだ。

「中小企業が適正な価格に基づく価格転嫁ができなければ、それが調達先への価格引き下げ要請や人件費の削減などにつながり、負の連鎖が生じてしまう。賃金も上げられず、企業規模間の賃金格差も是正できない」と、JAMの川野英樹副書記長は訴える。適正な価格転嫁ができなければ、「安い日本」からの脱却は難しい。

価格転嫁を要請

中小企業は、根拠のない価格転嫁を持ちかけようとしているのではない。中小企業庁の資料でも、価格交渉力の弱さが、中小製造業の付加価値生産性を押し下げている実態が示されている(グラフ)。「中小製造業は大企業と比べても遜色のない生産性の向上を図っている。にもかかわらず、価格交渉力の弱さが足を引っ張っている」と川野副書記長は指摘する。

こうした状況を変えるために、JAMでは毎年、春闘時期に合わせた活動を展開している。春闘時期に行うのは、会社が「利益が出ないから賃上げできない」と主張してくる可能性が高いためだ。そのため、JAMでは加盟組合に対し、会社が納品先に価格転嫁を要請するよう、労働組合から会社に働き掛けるよう呼び掛けている。

2021春闘では、労働組合の要求を受けた53企業が取引先に製品価格や加工費の見直しなどを要請した。その結果、19企業で製品価格などの見直し・改善などが実現した。

「値引き要請は毎年あるという考え方が定着している節がある。価格見直しを要請すれば取引を打ち切られると言う経営者もいる」と川野副書記長。「けれども、行動してみると一定の割合で改善が実現している。原材料費の高騰や最低賃金の引き上げなどを踏まえると、むげに断ることができない環境になっている。行動する前から諦めるのではなく、まずは行動。やってみてダメなら違う切り口で再挑戦すればいい」と訴える。

製品等の価格への転嫁の状況

(出典)中小企業庁、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」、「企業物価指数」、財務省「法人企業統計年報」

(注1) 2014年版中小企業白書における分析をもとに作成。価格転嫁力指標上昇率は、資本金2千万円以上1億円未満を中小企業、資本金10億円以上を大企業、一人当たり名目付加価値額上昇率は、資本金1千万円以上1億円未満を中小企業、資本金10億円以上を大企業としている。

(注2)価格転嫁力指標:販売価格の上昇率と仕入価格の上昇率の違いから、仕入価格の上昇分をどの程度販売価格に転嫁できているか(価格転嫁力)を数値化したもの。

国や他産別との連携

JAMでは、2020年に価格交渉のための「対応マニュアル」を作成した。この中では、下請法や独占禁止法の解説とともに、社内体制の整備や取引状況のチェック方法、改善策の立案などについて対処法を記載している。

国の姿勢も取引環境の改善を後押ししている。国は、「パートナーシップ構築宣言」や「しわ寄せ防止月間」「価格交渉促進月間」など、下請け企業の取引環境の改善に乗り出している。「経営者には、行動するなら今と発破を掛けている」と川野副書記長は話す。

さらには、自動車総連との定期協議も実施。金型の保管を無償で行わせている実態があれば、自動車総連が取引先に改善要請するという連携も始まっている。

加えて、見過ごしてはいけないのは、外国人技能実習生の問題だ。実習生を日本人労働者の代わりにし、低賃金をはじめ問題のある働かせ方をする実態も横行している。「ビジネスと人権」における重要課題だ。川野副書記長は、「労働の価値を正しく評価する国にならないと、人権侵害の国になりかねない」と危機感を募らせている。

賃上げがエンジンに

JAMでは毎年、約27万人の賃金データを集約して、機械金属産業で働く人たちの企業横断的な賃金相場を示している。その上で、年齢ごとの「一人前ミニマム基準」を設定。この基準をクリアする加盟組合が増えていけば、その基準が底上げされていき、産業全体の賃金の底上げも図られることになる。

「春闘の妥結水準が、最低賃金や公務員の人事院勧告にも影響する。社会的な波及力をつくれるのも労働組合だけだとしっかり自覚する必要がある」と川野副書記長は訴える。

労働組合が勝ち取った賃上げが、製品価格に反映されれば、適正な値上げにつながる。労働組合の企業横断的な賃上げ要求が「安い日本」から脱却するためのエンジンになる。

特集 2021.12「安い日本」
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