特集2021.12

「安い日本」
労組の力で転換を
賃上げには労働組合の力が必要だ
人材育成が持続的な賃上げのベース
長期を視野にOJTの充実を

2021/12/15
賃上げを継続的に実現するには、労働者のスキルなどを高めることが必要だ。経営の短期化で人材育成の仕組みが弱くなっている。何が必要か。
梅崎 修 法政大学
キャリアデザイン学部教授

賃上げに必要なこと

技術革新やグローバル化が進む中、交渉力だけで持続的な賃上げを実現するのは難しい時代です。賃上げを継続的に実現していくためには、個々の労働者のスキルや生産性、エンプロイアビリティを高めていく必要があります。

ただし、それは、個人の責任に頼って行うことではありません。労働者の能力や生産性を高めることは、社会全体でサポートする必要があります。今の日本では、人材を育成する仕組みが壊れてしまっています。持続的な賃上げのためにも、これまでのやり方とは異なる形で、労働者のキャリア形成をサポートする仕組みを再構築しなければいけません。

人材育成機能の低下

企業が労働市場から人材を調達しようとする場合、その方法は、(1)労働市場から買ってくる(Buy)か(2)育てる(Make)──の二つしかありません。現状では人材を育てる機能が弱くなり、労働市場から優秀な人材を奪い合う側面が強まっています。人材を育てる仕組みがなければ、奪い合いはますます厳しくなるでしょう。人材を育てる仕組みをどこかにつくらなければいけません。

バブル崩壊後、日本企業では経営の短期志向化が進み、人材は育てるよりも労働市場から買ってきた方がいいという考え方が主流になりました。また、雇用の非正規化が進み、キャリア形成ができない労働者が増えました。

雇用の非正規化は、正社員の「On the Job Training」(OJT)の減少にも影響しています。それまでだったら、若手が経験していたような仕事が、非正規雇用や外部の会社に「外注化」されるようになり、若手社員が易しい仕事から難しい仕事へ徐々にステップアップしていく機会が減ってしまったからです。

現在の中高年層は、さまざまな仕事を経て、キャリアアップを図ってきましたが、現在の若手社員が10年後にも同じようなキャリアパスを描けるとは限りません。正社員の仕事が固定化するようなことはすでに起きています。

OJTを増やす

現代社会において、労働者の持つ技能や経験はすぐに陳腐化してしまいます。そのため、労働者への再教育や教育投資が必要になります。その中で私が重要だと考えているのが、OJTです。

企業の教育訓練の縮小に対して、学校や公的機関を活用した「Off-the-Job Training」(OFFJT)の充実に期待する声があります。その重要性を否定するわけではありませんが、職業人としてのスキル形成には、OJTがやはり重要だと考えています。

OJTとは、実際の仕事を通じながら、どういう順番で新しい仕事にチャレンジしてもらうか、そうしたキャリアの組み方のことです。日本型長期雇用システムの強みは、企業が従業員の長期的なキャリア形成に関与してきたことでした。

現在の問題は、OJTの仕組みが機能しなくなっているから起きているのであって、その解決はOFFJTで補うことはできません。OJTの減少分は、OJTの増加で補う必要があります。

ただし、かつてのOJTは、女性や非正規雇用労働者はその枠組みから排除されてきました。かつてとは異なる形でOJTを再構築する必要があります。

そのためにすべきことの一つは、増やし過ぎた非正規雇用の割合を是正することです。雇用の非正規化を進めれば、一時的にはコストが下がって利益が出るかもしれません。しかし、長期的には人材が育たないことによって、企業経営にマイナスになります。正社員の割合を増やし、長期的な人材育成を行う必要があります。

長期的な人材育成を促すためには、労使の信頼関係が一つの鍵になります。というのは、長期的な人材育成とは数値化しづらいものだからです。経営の短期志向化に対して、数値化しづらいOJTにどのように資源を振り分けていくのか。そのためには、労使が、人材育成は将来的に価値を生み出すものという認識を共有する必要があります。未来のことはわからないけれども、そこには価値があるとして投資をしていく。それができるのは労使に信頼関係があるからです。

大多数を対象にしたサポートを

もう一つは、企業横断的なOJTの仕組みをつくることです。正社員の割合を増やしたとしても、非正規雇用は残ります。そして、正社員のOJT機会も失われています。企業の枠を超えて体験型の学習ができる場をつくっていかなければなりません。一つの企業だけではなく、複数の企業でさまざまな仕事を体験することで、ステップアップしていく。そういう仕組みを産業別労働組合もかかわりながらつくっていけると良いでしょう。

非正規雇用労働者が企業の枠を超えて集まり、これまでの経験やキャリア展望について交流する場があるだけでも、役に立つはずです。労働組合はそうした場を提供できます。地味かもしれませんが、そうした取り組みの積み重ねが大切です。

労働者が変化する環境に適応して、自律的にキャリアを形成できるかのように言われていますが、そうしたことができるのは一部の人に限られます。そういう「できる人」に合わせて、キャリア形成を労働者の自助に任せることはできません。そうではない大多数の労働者が能力を陳腐化させずにキャリア形成をサポートできるか。それこそが大切です。

大多数の労働者のキャリア形成をサポートし、底上げする仕組みがあってこそ、持続的な賃上げが可能になるのではないでしょうか。

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労組の力で転換を
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