「安い日本」
労組の力で転換を
賃上げには労働組合の力が必要だ公共を巡る「安い日本」
公契約条例の活用で脱却を
研究員
悪循環を好循環に
公共サービスを巡っても、「安い日本」の問題がある。自治体の発注する仕事が、安さだけを理由に落札できてしまったらどうだろう。値下げ競争が起こり、受注企業の利益は圧迫され、そこで働く人の賃金が上がらず、その結果、公共サービスの質が低下し、住民に跳ね返ってくるという悪循環が生じてしまう。
悪循環を逆回転させるために、必要性が高まっているのが、「総合評価入札方式の導入」と「公契約条例の制定」だ。
「総合評価入札方式」は、競争入札の際、価格だけではなく、技術力など多様な要素を総合的に評価し、落札者を決める方式のこと。
「公契約条例」とは、自治体が発注する仕事に賃金の下限額や元請けの責任などを定める条例のことだ。特に、賃金の下限額を定めた公契約条例は、地域で働く人たちの賃金の底支え機能を発揮することが期待されている。
地方自治総合研究所の上林陽治研究員の調べによると、公契約条例は現在、賃金条項が盛り込まれた条例が25自治体、賃金条項がない条例が32自治体で制定されている。
賃金の下支え機能
公契約条例は、賃金をどのように下支えしているのだろうか。
上林さんによると、賃金条項のある条例では、一般的に公共工事と業務委託で下限報酬額の設定の方法が異なる。
公共事業では、請負事業者が支払う賃金額が国土交通省と農林水産省が設定する労務単価(「二省単価」と呼ばれる)のおおむね9割以下の報酬額にならないようにする条例が多い。
公共事業では、下請けが7〜8次までに及ぶこともある。元請けから下請けに受発注が繰り返される中で、「さや抜き」が行われ、下請け企業の労働者が労働積算単価の賃金を受け取れないケースは少なくない。そのため、公契約条例では、支払い賃金が下限額を下回った場合は、元請けが責任をもって下限報酬額を保障するという条項が設けられている。労働者からの告発があって是正されるため、労働者への情報提供が重要になる。
一方、業務委託には、「二省単価」のような水準がないため、さまざまな指標が用いられている。自治体の高卒初任給を用いて水準を設定する自治体や、法定の地域別最低賃金に6%上乗せする自治体などもある。
上林さんは、「業務委託の下限報酬額の課題は、地域別最低賃金の上昇に伴い、その水準に追いつかれる状況が生まれていること」と指摘する。公契約条例と地域別最低賃金の金額が同じになってしまえば、公契約条例の意義が問われる。
上林さんは、報酬下限額の底上げのためには、「業務委託の報酬下限額を職種別に設定するよりほかない」と訴える。具体的には、職種別に賃金センサスの第4十分位(下位25%)を報酬下限額とし、底上げを図るよう提案している。
賃金センサスのほか、人事院や人事委員会が行っている民間の賃金実態調査を活用する方法もある。また、板橋区は、業務委託や指定管理の委託料を積算するために、人件費単価積算の考え方を設け、前述の民間給与実態調査のほか、自ら事業所に聞き取り調査を行い、人件費を算定している。
このような取り組みを通じて、地域別最低賃金より高い水準での下限報酬額を設定することが求められている。
有権者としてのかかわり
公契約条例は議会が制定する。住民は、議員に働き掛けることなどによってその制定にかかわることができる。
税金は安い方がいい。公共サービスにはお金を掛けない方がいい。そう考える有権者もいるだろう。
それに対し、上林さんはこう指摘する。
「自治体が住民に質を保ったサービスを提供するためには、従事労働者の一定の労働条件を確保する必要がある。公契約条例はそのために用いるもの」
例えば、労働条件の悪い保育所には保育士が集まらず、ギリギリの人数で保育する。職員も入れ替わる。そうすると子どもが安心できない。そんな労働環境の悪い保育所に自分の子どもや孫を預けたいと思うだろうか。「住民が、安さを原因にした公共サービスの危うさに気付けば、適正な水準で働いてほしいと思うのではないか」と上林さんは分析する。公契約条例による賃金や労働条件の下支えは、公共サービスの受益者である住民にもメリットをもたらすのだ。
「ビジネスと人権」がビジネスの一大テーマになる中で、自治体が、その発注した業務を請け負う企業の労働者の人権や労働条件に責任を持つことは、世界標準の課題になりつつある。有権者としても、そうした意識を持つことが重要になるだろう。
民間との連携のアイデア
公共サービスを起点にした「安い日本」の悪循環から抜け出すために、公契約条例は有力な方法として今後の広がりが期待されている。
その上で上林さんは、公契約条例と労働協約の地域的拡張適用を連携させるアイデアを提示する。労働協約の地域的拡張適用の内容を、公契約条例や総合評価入札方式の条項として取り入れていき、地域の他業種に広げていくというアイデアだ。「地域の労働組合が勝ち取った成果を、その業種以外の仲間にも広げていく方法で、より民主的な仕組み」と上林さんは指摘する。民間と公共を連携させ、底上げを図っていく方法は今後さらに検討される余地がありそうだ。