特集2021.12

「安い日本」
労組の力で転換を
賃上げには労働組合の力が必要だ
労働協約の力を生かす
地域的拡張適用の意義を知る

2021/12/15
今年9月、労働組合法18条に基づく、労働協約の地域的拡張適用が32年ぶりに認められた。画期的な成果をどう展開していくべきか。制度の理論的な研究を行うとともに、運動をサポートしてきた古川景一弁護士に聞いた。
古川 景一 弁護士

これまでの経過

UAゼンセンの三つの加盟組合は昨年8月、3労組が使用者と締結した北関東の一部地域における年間休日日数を最低111日と定める統一労働協約に関して、労働組合法18条に基づく地域的拡張適用を求める申し立てを厚生労働大臣に対して行った。その後、中央労働委員会で審査が行われ、今年9月、拡張適用を認める決定が厚生労働大臣名でなされた。

この決定により、3労組の統一労働協約が組合員以外の労働者にも適用されることになった。対象となるのは、茨城県内の大規模家電量販店の管理職以外の正社員。最低年間休日日数が111日となる。

労働協約の地域的拡張適用の決定は日本では32年ぶり。労働協約の地域的拡張適用を求める申し立ては過去26件あり、そのうち拡張適用が認められたのは8件。

拡張適用の意義

日本で労働協約が全国に広がった数少ない例の一つに、全電通(現NTT労組)の育児休業制度があります。1965年に全電通が電電公社と締結した育児休業制度は、他企業に広がり、その後の立法化につながりました。極めて偉大な成果でした。

しかし、日本において、このような形で労働協約が立法や法改正につながることは極めてまれです。日本の労働協約は1970年代以降、企業の中に閉じこもってしまいました。ここ数十年にわたって労働組合の地盤沈下が指摘されていますが、その背景には、労働協約を企業の中に閉じ込めてしまったことがあると考えています。

ヨーロッパでは、労働協約が社会全体を動かす力を持っています。労使が締結した労働協約が地域に拡張され、それが国の法律へと広がり、EU全体に広がることもあります。勤務間インターバル休息時間制度もそのように広がりました。

労働組合にとって最大のPR材料は、労働協約です。それを社会に広げないのであれば、労働組合の価値は社会に広がりません。労働組合法第18条が規定する「労働協約の地域的拡張協約」は、労働協約を企業の外に広げ、社会全体の労働条件を引き上げていくための制度だと言えます。

〈労働組合法第18条〉

一の地域において従業する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該労働協約の当事者の双方又は一方の申立てに基づき、労働委員会の決議により、厚生労働大臣又は都道府県知事は、当該地域において従業する他の同種の労働者及びその使用者も当該労働協約(第二項の規定により修正があつたものを含む。)の適用を受けるべきことの決定をすることができる。

公正競争の確保

労働協約の地域的拡張適用には、公正競争を確保するという役割もあります。

例えば、年間の休日日数が多い企業と少ない企業とでは、競争力に差が生まれます。休日の少ない企業は、従業員をたくさん働かせて利益を出そうとする一方、休日の多い企業は休日を減らさないと企業間競争に負けてしまいます。

ところが、そうした労働条件の引き下げ競争は、社会全体を不安定にします。労働条件が引き下げられ、消費者でもある労働者が物やサービスを買わなくなり、消費が冷え込みます。社会を安定化させ、企業が健全に発展するためには、労働条件の引き下げを企業間競争の道具にしないことが大切です。労働協約の地域的拡張適用は、公正競争の基盤として、使用者にもメリットをもたらす制度だと言えます。

公正競争のためには、賃金や労働時間などの基礎的な労働条件を揃える必要があります。この取り決めを事業者だけで行えば、独占禁止法の適用対象である「違法カルテル」になることがあります。しかし、労働組合法18条に基づく地域的拡張適用は、原則として、独占禁止法の適用対象になりません。なぜなら、憲法28条が団体交渉権および労働協約を締結する権利を保障しているからです。すなわち、「合法的カルテル」なのです。労働組合は、労働組合だからこそできる、公正競争の確保という制度のメリットを使用者に積極的に伝える必要があります。

労働協約に必要な緻密さ

UAゼンセンでは2010年代前半から、労働協約の地域的拡張適用の申し立ての可能性を検討してきました。今回は、年間休日日数でしたが、小売業の元日休業など、さまざまな項目を検討してきました。

今回の申立に当たっては、各社で異なる振替休日などのルールを統一していくために、現場の働き方や仕事の仕方などを現場の組合役員と意見を交わしながら、協約の内容をつくりこんでいきました。

私が1990年代に調査した時点で、ドイツでは4000を超える労働協約が地域に拡張適用されていました。

ドイツ労働総同盟(DGB)と傘下の労組全体の書記局の中に弁護士資格を持った専従者が200人以上いると教えてもらい、驚きました。

その人たちの主な仕事は労働協約をつくることです。産業全体に適用される労働協約をつくるためには、法律制定と同じような緻密さがいります。言葉の定義などを事細かに決めるために、弁護士資格を持った役員・職員が必要になります。

一方、日本の労働協約は企業の中に閉じこもっており、企業内の労使の「あうんの呼吸」で決められていることが少なくないため、細かい定義が必要になりません。もちろん、日本の中にも、緻密な労働協約を持つ労働組合はあります。しかし、労働協約が企業内に閉じこもることで、労働協約をつくる能力が落ちているのではないかと危惧しています。

使用者からの反対論

中央労働委員会の審査では、使用者の中に「経営の自由を侵す」という理由の反対意見もありました。最終的に行われた無記名投票による採決では反対票も投じられました。それでも採決に至ったのは、使用者側の反対で適用を見送れば、この制度が二度と活用されず、労働協約を通じた労働条件の引き上げが難しくなるという中央労働委員会の判断があったのかもしれません。ただし、反対票があったのは不幸なことだと思います。使用者にとってメリットのある制度だと認識してもらうために、労働組合からの働き掛けを強めていく必要があります。

労基署の取り締まりが可能に

地域的拡張適用が認められたことで、労働組合のない職場にも協約が適用されるようになります。

協約違反があった場合は、労働基準監督署が取り締まることができます。すでに、厚生労働省が茨城県の労働基準監督署に指示を出しています。

労働協約の地域的拡張適用が、これまで広がらなかった要因の一つに、行政が取り締まりに積極的でなかったことがあります。今回は、公示とともに厚生労働省が積極的に動いてくれました。

制度を生かすためには、協約の内容を労働基準監督署が取り締まりやすいものにしておくこともポイントです。今回の場合、年間の所定休日の日数が守れなかった場合、所定休日に割り込んで働いた日については、休日の割増賃金(135%)を支払わなくてはいけないというルールにしてあります。会社がその分を支払わなければ、労働基準監督署が賃金未払いとして取り締まることができます。

1990年代当時、ドイツにおける労働協約の地域的拡張適用の要件は、カバー率が50%以上であることでした。2014年にこの要件は削除され、公共の利益のために必要であるという要件を満たせば、拡張適用を行うことが可能になりました。

一方、日本のカバー率は「大部分」と定められており、過去の先例に照らすと74%以上です。この条件は厳しすぎるので、将来的に要件を緩和する必要はあると思います。

今後の労働運動の鍵を握る

地域的拡張適用の要件を満たす労働協約は、連合の構成組織にまで幅を広げれば、かなりあるのではないでしょうか。「これなら拡張できるかもしれない」という地域や業種、職種を絞り込み、どこで取り組めば社会全体に高い波及効果を発揮できるか。それを見つけ出すのが、産業別労働組合や連合の仕事です。

協約の内容も、年間休日だけではなく、勤務間インターバル制度や労働時間の上限規制のほか、最低賃金もあり得ます。1950年代に、職種別最低賃金を定めた地域的拡張適用が2件ありました。

この取り組みに労働組合役員がどれほどやりがいを感じられるか、そして、労働協約の「社会化」を進めていけるのか。今後の労働運動の鍵を握っているといっても過言ではありません。

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