特集2021.12

「安い日本」
労組の力で転換を
賃上げには労働組合の力が必要だ
低迷する賃金、個別化する労使関係
「春闘」に今求められる役割とは?

2021/12/15
労働組合が同時期に一斉に要求し、交渉力を高める戦術である「春闘」。労働組合の組織率が低下する中でも、依然として重要な役割を担っている。春闘の役割を見つめ直す。
   旼珍みんじん 立教大学教授

賃上げ交渉しない日本人

日本の労働組合の組織率は2020年6月時点で17.1%。5人に4人以上の割合の働く人が集団的労使関係の下に置かれていません。

リクルートワークス研究所が昨年公表した「5カ国リレーション調査」では、興味深い結果が示されています。この調査は、日本・アメリカ・フランス・デンマーク・中国で働く、大卒以上の30〜40代を対象に行われたもので、この中で、「入社後の賃上げ」について聞いた質問があります。結果を見ると、個人で会社に賃上げを求めたことのある人の割合は、日本では約3割でしたが、アメリカやフランスでは約7割、中国では9割に上りました。

労働者が、個別的な労使関係の中で賃金交渉する慣行があれば、社会全体の賃金は上がっていくかもしれません。実際、アメリカの労働組合の組織率は日本より低いですが、労働者が個別に賃上げ交渉することで、賃金が上がっています。けれども、この調査で明らかなように、日本の多くの労働者は個別に賃上げ交渉をしていません。

こうした状況では、労働組合の役割が高まります。個別交渉が難しい分、労働組合が集団的な労使交渉で補う必要があります。

春闘の意義とは?

その意味でも春闘は重要です。春闘の意義は、毎年春にかけて、賃上げだけではなく、マクロ経済やワーク・ライフ・バランス、サプライチェーン全体での付加価値の適正分配など、幅広いテーマについて労使が集団的労使関係の下で真剣に議論することにあります。

また、春闘は、企業別交渉による賃金や労働条件の決定を産業レベルで調整することに大きな意義があります。産業別労働組合が、加盟組合の賃金や労働条件の実態調査を行い、それをもとに企業別労働組合が会社と交渉すると、一定の水準に満たない加盟組合はそこをめざして交渉します。こうした取り組みによって、春闘は産業内の労働条件の格差を広げない役割を果たしています。

低下する春闘の波及効果

しかし、厚生労働省の「賃金引上げ等の実態に関する調査」を見ると、春闘の波及効果は低下していると言えます。

「賃金の改定の決定に当たり最も重視した要素」という質問項目では、「世間相場」を見て賃金改定を決めていた企業は、1970年代前半には30%前後を占めていましたが、その割合は年々低下し、2020年には3%にまで減少しました。代わりに増えたのが、企業の業績で、2020年には50%弱になっています。こうしたデータを見る限りでは、春闘の波及効果は低下しています。

日本の労働組合は、オイルショック後の低成長期に入ると、賃上げを自制するようになり、1980年代から90年代にかけては、GDPの成長率に合わせた経済整合的な賃上げ要求を行います。それがインフレを抑制したという評価もあります。

ただし、賃上げ要求の抑制は、雇用が維持される半面、経済全体でみると賃上げが進まず、経済の好循環につながらないという問題があります。1995年から2001年に2%台で推移していた賃上げ率は、2002年から13年には1%台に低下しました。

企業別交渉を調整するという春闘の機能は、全体の賃上げの抑制につながりました。春闘の要求水準は、業績が悪い企業でもぎりぎり回答を引き出せるような水準で設定されることで、「中位平準化」を保ってきました。しかし、低成長期にこうした手法が確立されたことで、産別の要求は、低い水準に合わせてつくられることになり、賃上げを困難にしました。

高度経済成長期には、先行組合が勝ち取った成果が、中小企業などに波及するメカニズムが働いていましたが、2000年代以降、大手労組が低い賃上げ率で妥結するようになると、今度はそれが中小企業に波及するようになります。大手労組のベアゼロ決着が、中小の定期昇給の凍結や賃下げにつながるようになったのです。

大手労組は春闘のけん引を

こうした状況を受けて連合は、「中小共闘」を組織したり、従来の「大手追従・大手準拠からの脱却」を掲げたりするようになりました。

具体的には、親会社や発注会社の労働組合が、自社の経営者に対して、サプライチェーンの労働環境に配慮するように要請したり、グループ会社や関連企業の経営者に直接説明したりする活動に取り組むようになりました。これ自体はとても大事な取り組みだと思います。

ただし、連合が「大手追従・大手準拠からの脱却」をいくら呼び掛けても、子会社やグループ会社、関連企業が、親会社などより高い賃上げを実現するのは今も難しい現実があります。その中では、親会社や発注会社の労働組合が、賃上げをしっかり要求することは依然として重要です。

OECDのデータを見ると、日本の労働生産性は2015年から2019年にかけて若干伸びました。それに対して、同じ期間の賃上げ率は下がりました。賃上げ率が生産性の伸びに見合っていないということです。まずは、大手労組が生産性の伸びに見合う賃上げを掲げることが大事なのではないでしょうか。

冒頭、述べたとおり、日本では労使関係の個別化が進む一方、労働者個人が賃上げを要求する慣行はなく、労働組合の組織率も低迷しています。労働組合の賃上げ要求は、日本経済全体のために必要です。そうした論理をどれだけ展開できるかではないでしょうか。

特集 2021.12「安い日本」
労組の力で転換を
賃上げには労働組合の力が必要だ
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー