組織を強くする
人が集まる、人が生きる組織とは?「自分ならできる」がポイントに
組織を変える心理的資本
心理的資本の四つの要素
心理的資本とは、「人的資本」や「社会関係資本」と並び、いくつかの下位概念から形成される上位概念の一つです。あえて一言で表現しようとすれば、ポジティブな心の動きや、物事を前向きに捉える心理的なエネルギーだと言えます。
心理的資本は、次の四つの概念から構成されています。
(1) ホープ(Hope):希望
(2) エフィカシー(Efficacy):自己効力感
(3) レジリエンス(Resilience):回復力
(4) オプティミズム(Optimism):楽観志向
これら四つの要素をすべて含む概念として、心理的資本は定義されています。それぞれの頭文字をとって、「HERO」と呼ばれています。
似ている概念としてよく取り上げられるのが、モチベーションです。ただ、モチベーションは短い時間でアップダウンを繰り返しますが、心理的資本はモチベーションよりも安定した概念です。モチベーションは、朝のモチベーションと夕方のモチベーションが違うことがありますが、心理的資本は半年や1年という一定の期間、維持することができます。また、研修などによって積み上げることも可能です。心理的資本はストック、モチベーションはフローとイメージしてもらえればいいかもしれません。
ワークエンゲージメントも心理的資本に近い概念としてよく挙げられます。熱意や没頭などと説明されますが、これもモチベーションと同じでフローの概念です。
心理学では、心理的資本がワークエンゲージメントやモチベーションを生み出す原因であると説明されます。心理的資本が高くなれば、ワークエンゲージメントも高くなるという関係だと捉えてください。
人はコストではない
心理的資本の概念が出てきたのは、2000年頃からです。アメリカの心理学会で、ポジティブな心の動きに注目が集まるようになりました。それまでの心理学は、ネガティブな心の状態をどう回復するかが研究の中心でした。例えば、戦争や災害で受けた精神的なダメージをどうリカバリーするのかといったことです。いわば、マイナスをゼロにする発想です。
それが2000年を境目に、どうすればポジティブな心の動きを引き出せるかに焦点が当てられるようになりました。今度は、ゼロからプラスに導くための方法です。ポジティブ心理学と呼ばれます。そうして研究が積み重ねられた結果、先ほどの四つの要素をまとめた心理的資本という概念が生まれました。
この概念に注目が集まった背景には、人々のポテンシャルをさらに引き出そうとする考え方がありました。ストレスマネジメントは、従業員のうつ病や休職・退職を減らすという意味で企業のコストを減らしてくれます。しかし、マイナスをゼロにするだけでは、プラスにはなりません。そこで人々のポテンシャルをもっと引き出すための心理学が求められるようになりました。
ポジティブ心理学は、人をコストとは捉えず、付加価値を生み出す資本であると考えます。だからこそ、その資本を有効に活用して付加価値を生み出そうと考えます。人をコストと捉えないことがポジティブ心理学のポイントです。
人を資本として捉えるという観点では近年、人的資本経営という言葉もよく使われます。二つの関係をどう捉えればよいでしょうか。心理的資本は、人的資本のコア部分にあります。人的資本には、その人のスキルや能力、知識、ネットワークという要素が含まれています。ただ、それらを持っているだけでは宝の持ち腐れです。それらを生かして行動に結び付けなければいけません。その原動力となるのが、心理的資本です。心理的資本は、いわば行動のエンジンとしての役割を果たします。人的資本を高めるためには、心理的資本を高める必要があるということです。
自己効力感を高める手法
心理的資本を高めるには、その四つの要素を高める必要があります。その中で最も効果があるといわれているのが、エフィカシー(自己効力感)です。
エフィカシーを高めるためには四つの方法があります。その中で最も効果が確実に見込めるのが、実際に成功体験をすることです。トライ・アンド・エラーを繰り返して成功する体験が自己効力感を最も高めます。
次に有効だとされるのが、モデリングや経験学習、代理学習です。自分と似たような他者が成功しているのを見て、自分にもできると自信を深めていきます。
三つ目が、言語的説得です。具体的には、上司が部下に対して、「君ならできる」と言葉などによって刺激を与える行為です。
四つ目が、情動的喚起です。人は緊張状態にあると自信を持てなくなります。気持ちを落ち着かせることで、「自分にもできる」と思えるようになります。
こうした四つの手法を活用して、心理的資本を高めていきます。
「減点主義」から脱却を
日本の職場は、心理的資本が高いとは言えません。「能ある鷹は爪を隠す」といわれるように、調査をしても自己効力感が低く抑えられることが多いです。また、ほめて伸ばすより、できなかったことを指摘する文化があります。さらにオプティミズムという面でも、仕事がうまくいったのは自分のおかげとか、うまくいかなかったのは環境のせいとかはあまり考えません。
加えて、制度面でも日本の人事評価制度は、ネガティブなアプローチが多いです。目標管理にしても、できて当たり前、できなかったら減点主義が目立ちます。こうしたマネジメントは心理的資本を高めることにつながりません。
ホープ(希望)が高いということは、高い目標を立て、失敗したとしても、今度は違う方法でチャレンジする状態のことを指します。目標が達成できなくても、50%はできたと考えるのがオプティミズム(楽観志向)であり、できなかったことから学びを得るのがレジリエンス(回復力)です。このように高い目標を掲げ、失敗してもチャレンジを続けられるのは、心理的資本が高いからです。心理的資本を高めるような目標設定の仕組みに見直す必要があります。
労組の心理的資本
日本の職場は、ネガティブになりがちです。それを変えられるのは、組織のトップです。組織のトップの心理的資本が高くなければ、組織は変わっていきません。まずは、トップの心理的資本を高めることが重要です。
そのためには、トップが心理的資本を高めるための研修などを受けるといいでしょう。心理的資本と企業業績には、ポジティブな相関関係があります。心理的資本が高い人物がトップにいるかどうかを投資の判断基準にしても良いのではないでしょうか。中小企業はトップと現場の関係が近いので、その効果はより大きいはずです。
労働組合の活動でも、心理的資本の高さが問われるはずです。しかし、労働組合幹部の皆さんの心理的資本は、果たして高いと言えるでしょうか。「組合活動をしてもどうせ変わらない」と思っているのならば、それは心理的資本が低い状態です。希望を持ち、自分たちなら社会を変えていけるという自己効力感がある状態が、心理的資本が高い状態だと言えます。そのためには、労働組合の存在意義を時に青臭く議論することも必要ではないでしょうか。