特集2023.04

組織を強くする
人が集まる、人が生きる組織とは?
パワハラは組織の問題
負のコスト把握し対応を

2023/04/12
パワハラは個人の問題ではなく、組織の問題だ。パワハラが組織に与える負のコストを理解し、対応する必要がある。パワハラを科学的に分析した『パワハラ上司を科学する』の著者である神奈川県立保健福祉大学の津野香奈美准教授に聞いた。
津野 香奈美 神奈川県立保健福祉大学
大学院ヘルスイノベーション研究科准教授

パワハラの負のコスト

パワハラは、組織に対して次のような負の影響を与えます。

一つ目は、生産性の低下です。職場でパワハラがあるとパワハラを受けた本人だけではなく、周囲の人の生産性も低下します。ミスやアクシデントが増えたり、長期休業のリスクが高くなったりすることも研究の結果わかっています。

ハラスメントを受けた人は、受けていない人に比べて11.2%生産性が低下するという研究や、年間4・5日多く休むという研究結果もあります。これらを踏まえると日本全体で年間2兆円以上の損失があるという試算もあります。

二つ目は、退職に伴う採用コストや教育コストの増加です。厚労省の調査によるとパワハラを受けた人のうち13.4%が退職しています。採用やその後の教育にかかるコストは小さくありません。

三つ目が、訴訟リスクです。訴訟にかかる費用だけではなく、場合によっては損害賠償の費用もかかります。

四つ目は、ブランドイメージの低下です。録音や録画のデータが報道されれば、企業の評判が悪くなり、採用などにも影響が出ます。

パワハラにはこうした負の影響があるものの、本気でパワハラ対策に取り組んでいない企業が多いのも現実です。なぜかというと、パワハラの負の影響をきちんと理解していないからだと思います。売り上げのような数値だけで従業員を評価すると、上司がパワハラをしても売り上げがプラスならパワハラに目をつぶりがちです。しかし、その一方で、部下が退職したり、生産性が低下したり、採用や教育のコストがかかっています。こうしたコストを計算に入れないから、本気度も低いのだと思います。

毒の三角形

パワハラには、それが生まれやすい環境があります。例えば、自分のやり方や考え方を押しつける「専制型上司」は、上司一人の力でパワハラを日常化させるわけではありません。そこにはパワハラを助長する職場環境と、その人を受容するフォロワー(部下)の存在があります。これらが加わると、「専制型上司」は破滅的なリーダーシップを発揮します。この環境は、「毒の三角形」と呼ばれています。具体的には、専制型上司がいて、その人が経営層から評価されると、パワハラが許される職場風土が生まれ、部下は上司に従わざるを得なくなり、パワハラが日常化するということです。

逆に言うと、周りの環境が助長しなければ、専制型上司は生まれません。専制型上司が生まれるのは、組織がそれを許しているからです。パワハラの事実が発覚しても、経営層がそれを放置していれば、表面上でいくらパワハラはだめと訴えても、組織のメンバーは、会社が本当に求めているのは、部下をつぶしてでも数字を上げることなのだと理解します。大切なのは、組織としてどのようなメッセージを発信するかです。パワハラをした上司をしっかり処分できなければ、パワハラを止めようがありません。

放任型上司の問題

一方、部下に積極的にかかわらない「放任型上司」もパワハラを生む土壌になります。放任型上司のもとでは、部下は自分が何をどこまですべきかわかりません。そうすると多くの場合、仕事と責任のなすりつけ合いが起きることがわかっています。仕事の割り振りがあいまいなので、組織のメンバー間で不公平感が生じるからです。その結果、メンバー間で対立が生じ、それが放置されてハラスメントにつながります。最悪のパターンは、「放任型上司」の部下が、「専制型」である場合です。

また、組織の文化や構造が、パワハラを誘発している側面があります。例えば、売り上げの数値だけを評価軸にしている職場はパワハラを奨励しているともいえます。パワハラをなくすためには、それを助長する制度を見直していく必要もあります。

理想のリーダーシップとは

では、どのようなリーダーシップが求められているのでしょうか。求められているのは、「個別配慮型」のリーダーシップです。

「個別配慮型」のリーダーシップとは、部下の考え方や特徴を個別に把握して、それに合わせた方法で仕事を任せたり、説明したりする上司のことです。このタイプのリーダーシップのもとでは、パワハラの発生率や部下のメンタルヘルス不調の割合が低いことが明らかになっています。パワハラのない職場では、離職率の低下や組織へのコミットメントの向上などのプラスの影響があります。

個別に対応する際に大切なのは、「聞く」ことです。何を話していいかわからないとか、聞いたらパワハラになると萎縮してしまう人もいますが、聞かなければ何も始まりません。今行うべきは、上司が部下に積極的にかかわれるようになるための研修です。ハラスメントにならない方法で部下に接する具体的な方法を共有していかなければいけません。

その点、多くの組織で行われているパワハラ対策は、十分だとはいえません。ダメな研修の例は、代替案を提示せず、「これをやるとハラスメント」ということだけを教える研修です。こうした研修を受けた人は、部下と接するのを恐れ、「放任型上司」になる可能性があります。ハラスメントにならず部下とかかわる方法を具体的に教える必要があります。

3次予防が大切

パワハラ予防には、1次予防、2次予防、3次予防があります。1次予防は発生防止、2次予防は早期発見、早期介入。3次予防は再発防止です。多くの企業は、1次予防と2次予防から取り組みがちですが、3次予防をおろそかにしている企業が少なくありません。

3次予防とは、行為者を処分して、問題を本人に自覚させることです。有名なパワハラ上司がいるのに、1次予防と2次予防に力を入れても、メンバーは信頼してくれません。例えば、パワハラ上司を放置して、社内に相談窓口を設置しても、安心して相談できないでしょう。職場でパワハラが起きてしまったら、3次予防をしっかり行って、次に2次予防、1次予防の順に取り組む必要があります。

パワハラを絶対に許さない

パワハラをされている側にも多少の責任があるから仕方がないという考えは、間違いです。人格を否定するような暴言や、暴力は絶対にあってはなりません。被害者の側に仕事上のミスなどがあったとしても、それは決められたルールの中で対応するべきです。そのため仕事のルールを明確化することもパワハラ対策として効果があるでしょう。個人の人格を否定するのではなく、仕事という評価軸で判断する必要があります。

パワハラは個人の問題ではなく、それを許している組織の問題です。より良い組織にしていくために、会社としてパワハラを絶対に許さないという行動をとることが大切です。

労働組合は、パワハラの負の影響や予防の方法などに関するエビデンスを会社に伝えて、対策してほしいと思います。

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