特集2024.03

災害と雇用・労働・ICT
働く人への影響を考える
BCPは「企業の生き残り戦略」
ヒトあってこその事業継続

2024/03/13
災害時などにおける事業継続を想定する事業継続計画(BCP)の重要性が高まっている。作成のポイントは何か。従業員とBCPの関係をどう考えるべきか。日本におけるBCPの第一人者に聞いた。
西川 智 JICA国際協力専門員/
東北大学災害科学国際研究所特任教授

BCPは企業の生き残り戦略

事業継続計画(BCP)は、企業の生き残り戦略です。災害で被災した企業が生き残るためには、取引先が「待てる」間に製品やサービスの供給を再開する必要があります。仮に再開の見込みがなければ取引先は代替品を探しますし、金融機関は融資を打ち切ってしまうかもしれません。一度失った取引先や顧客を取り戻すのには非常に労力がかかります。時間がたって再開しても取引相手がいなければ事業は成り立ちません。だからこそ、取引先や顧客が「待てる」間に製品やサービスの供給を再開することが企業にとっての生き残り戦略となるのです。BCPはそのためのツールです。

私は1991年の『防災白書』の執筆を担当し、その中で企業防災の重要性を提起しました。ただ、2000年代前半までBCPの重要性は日本企業にあまり理解されませんでした。1995年の阪神・淡路大震災や2000年の東海豪雨、2001年の9.11同時多発テロなどを経て、その重要性が認識されるようになりました。こうした経緯を踏まえ、私は2005年に内閣府の「事業継続ガイドライン」の策定を担当しました。

最初に困ったのは企業がBCPを公開しようとしないことでした。公開すると製造プロセスなどが明らかになってしまうというのが理由でした。そこで、私たちは「ガイドライン」策定の翌年に、その策定に携わった有識者などと一緒にNPO法人事業継続推進機構(BCAO)を創設しました。この中で優れたBCPを持つ企業を表彰する取り組み「BCAOアワード」を始めたのです。

なぜBCPをつくるのか

現在、BCPは急速に日本社会にも普及しています。BCPを作成済みもしくは作成中の企業の割合は、大企業では2021年に85.1%、中堅企業では51.9%に上っています。ただし中小企業では2〜3割程度だといわれています。

最近では、大手企業が取引先の中小企業にBCPの作成を求めるようになっています。BCPがなければ取引を停止される場合もあり、中小企業では取引先からの要請に応じてBCPを作成する事例も増えています。ただ、こうしたケースでは会社のトップがBCPをあまり理解せず、部下に作成を求めることがあります。私は、これを「つくっとけBCP」と呼んでします。すると魂のこもっていないBCPができてしまいます。立派な文書はあっても、誰にも読まれないのではBCPとしての意味がありません。

こうならないためにもBCPは何のために作成するのかをもう一度考える必要があります。つまり、なぜBCPをつくって事業を継続する必要があるのかということです。

例えば、会社がオーナーや株主のためのものであれば、会社が被災したら事業を継続せず、資産を分け合えばいいという選択肢もあるでしょう。しかし、会社が取引先や顧客のためのものであれば、事業を継続して少しでも早く製品やサービスの供給を再開する必要があるでしょう。また、会社が従業員のためのものであれば、雇用を守るために事業を継続する必要性があるでしょう。このようにBCPには、なぜ事業を継続する必要があるのかという問いに向き合うことも含まれるのです。

企業の存在意義とBCP

「BCAOアワード」の事例からそのことを説明したいと思います。

北海道で「セイコーマート」というローカルコンビニを展開するセコマは、2018年の北海道胆振東部地震の際、道内全域で停電が発生する中で、営業を継続しました。それができたのは、車から電源を取れる1万5000円の電源セットを各店舗に用意していたからでした。こうしたBCPの背景には、地元密着というセコマの経営戦略があります。明確な経営戦略がBCPにつながった事例だといえます。

また、仙台市内で医療廃棄物の処理を行う鈴木工業という会社は、東日本大震災の前に山形県内の同業者と連携協定を締結していました。その結果、震災後に被災地で出る医療廃棄物を山形県内に運んで事業を継続できました。社会のニーズに応えるという企業の姿勢が災害時での事業継続につながった事例だといえます。加えて、BCPは、個社だけではなく、他社との連携も重要だということがわかります。「遠くの同業者、近くの異業者」との連携が非常に重要です。

ピンチをチャンスにした事例もあります。日本酒の「獺祭」を製造する旭酒造は、西日本豪雨の際、停電の被害により本来の品質基準には届かないお酒を、マンガ「島耕作」の特別なラベルを提供してもらって、通常の「だっさい」よりも安い価格で販売しました。売り上げの一部は義援金にまわしました。このお酒はすぐに完売しました。旭酒造は、産業廃棄物になりそうだったお酒を捨てることなく活用し、復旧のためのキャッシュを確保するとともに、顧客も広げ、被災地支援にも活用しました。

BCPは、このように企業の生き残りに大きくかかわっていることがわかります。自分たちの会社がなぜ存在するのかを考えつつ、BCPを作成する必要があります。

従業員とBCP

会社は、ヒト・モノ・カネ・情報という四つの経営資源で成り立っています。これらがなければ事業は継続できません。このうち、ヒトはいうまでもなく従業員のことです。従業員がいなければ事業は継続できません。災害時に従業員がけがをせずに出社できるかだけではなく、その家族の無事も確認しなければいけません。そのため従業員に家庭での防災を呼び掛けたり、家族を含めて安否確認システムをつくったりしている会社もあります。被災した従業員の生活支援も含めて、従業員が働ける環境を維持することが大切です。

BCPと従業員の関係では、経営トップから現場の従業員まで全員が事業継続のために自分がすべきことを知っておく必要があります。災害直後にBCPを読んでいる暇はありません。災害時に最低限すべきことを各自が認識し、すぐ行動に移すことが最も重要です。そのために日ごろの訓練が欠かせません。

災害時には従業員全員が働ける環境にあるわけではありません。そのため大切な情報はあらかじめ共有しておく必要があります。基本は、「1人2役」で、その人がいなければわからないような状態をなくしておくことが大切です。災害時には業務が増えて人手が足りなくなることもあるため、代替要員の確保も想定しておく必要があります。東日本大震災の際には退職者に支援を要請した企業もありました。

BCPを作成する過程で経営の弱点をあぶり出すこともできます。つまり、BCPの作成とそれに基づく訓練が企業の経営改善にもつながるのです。従業員の立場からも自らの雇用を守るために、企業の生き残り策としてのBCPに積極的にかかわってほしいと思います。

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