特集2024.03

災害と雇用・労働・ICT
働く人への影響を考える
復興に意味ある仕事を創出し被災者を雇用する
キャッシュ・フォー・ワークの活用法

2024/03/13
災害復興などの活動に被災者に従事してもらい、その対価を払うことで被災者支援を行うキャッシュ・フォー・ワーク。自然災害に対する雇用支援策としての意義や活用のポイントなどを聞いた。
永松 伸吾 関西大学教授

災害の雇用への影響

大規模な自然災害は、雇用にさまざまな影響を及ぼします。例えば、災害で事業所が物理的になくなってしまうこともありますし、ライフラインが止まって会社が営業できないとか、取引先がなくなり事業が継続できないということもあります。労働を幅広い視点で捉えれば、雇用労働者だけではなく、自営業や請負就労者の人たちが仕事を失うということもあります。大規模な自然災害が発生するとこのように多くの雇用・仕事が失われます。

一方で、災害によって新たな仕事の需要が生まれることもあります。典型的な例は、建設業ですが、建設の需要が増えてもその仕事に就ける人がたくさんいるわけではありません。現実には建設の仕事には重機の免許をはじめ高い技能が求められるため、需要が高まっても人が集まらず、需要と供給の間で深刻なミスマッチが生じるのが現状です。

こうしたミスマッチの結果、被災地の外への人口流出が起こります。仕事がなければ、収入がなくなり、生活問題に直結します。仕事を失った被災者は生活再建を諦め、仕事を求めて地域外に移動するためです。

キャッシュ・フォー・ワークとは?

キャッシュ・フォー・ワークは、こうした課題に対応するための復興促進策の一つです。キャッシュ・フォー・ワークとは、災害復興や次の災害を予防するための被害軽減活動に被災者に従事してもらい、その対価を支払うことによって被災者支援を行うことを指します。東日本大震災の際には、緊急雇用創出事業として実施され、災害後に新たに生まれた仕事に被災者を雇用するという取り組みが行われました。

災害などで失業した人を公的な資金を用いて雇用する取り組みは、戦後は失業対策事業として行われてきましたが、失業対策事業には批判もありました。雇用すること自体が目的になってしまい、効果のない仕事に人を雇っている、というのが主な批判の内容でした。こうした批判の結果、失業対策事業は1990年代に廃止されました。

その後、21世紀に入り、リーマン・ショックが起きた際、急激な雇用悪化に対応するために雇用創出基金事業が創設されました。そして、この制度が継続する中で東日本大震災が発生し、雇用の場を確保するために活用されることになったのです。

復興に役立つ仕事を生み出す

東日本大震災における雇用創出事業では、がれきや土砂の搬出といった仕事のほか、仮設住宅の見守り事業や、津波の浸水エリア外に移転した学校に通うためのスクールバスの運転手などといった震災後に新たに生まれた仕事のニーズで活用されました。仮設住宅の見守り事業などは、その後、別の財源でも継続され、復興公営住宅の見守り事業などとして続いているものもあります。このようにキャッシュ・フォー・ワークは、災害後に生まれる新たな仕事のニーズに対応するという側面もあります。

一方で、東日本大震災後のキャッシュ・フォー・ワークでも、車の通らない道路で交通整理をしているなどの批判はありました。これは失業対策事業でも批判されたことですが、「掘った穴を埋める」ような仕事は、非効率なだけではなく、その仕事をする人の尊厳を傷つける側面もあります。

つまり、キャッシュ・フォー・ワークで大切なのは、地域の復興に意味のある仕事にすることです。これは公的資金を投入する上で無駄遣いをしないというお金の側面だけではなく、雇用された被災者の精神的な側面からも重要です。

東日本大震災後にキャッシュ・フォー・ワークで雇用された若者が、がれきの片付けをしているボランティアの活動を見て、次のように言ったのをよく覚えています。「外の人たちが片付けていってしまう」。とても重い言葉だと感じました。

これには二つの意味があると思います。一つは、ボランティアが無償でするようながれきの片付けも彼らの仕事になる可能性があること。もう一つは、自分たちの地域の復興はできるだけ自分たちでやりたいと思っていることです。もちろん、災害後の復興には外の人からの手助けが必要です。それは被災者の人たちもよくわかっています。その一方で、地元の人たちが復興に携われる機会をどうつくるのかも問われているということです。

被災者は、災害で住居や仕事を失うなどして精神的にとても落ち込んでいます。復興の仕事に携わることで精神的な支えにもなるのです。キャッシュ・フォー・ワークを実践する際は、単に仕事がないというだけではなく、このように地域の復興にいかに役に立つかが重要なポイントとなります。

コロナ禍では、休眠預金などの民間の資金を活用したキャッシュ・フォー・ワークが実施されました。その際、若者の就労支援をしている団体が雇用主体となりました。こうした団体がキャッシュ・フォー・ワークに携わったことで、再就職にもつながりやすくなりました。キャッシュ・フォー・ワークで大切なのは、被災地の中で必要とされている仕事を把握する能力と、そこに適性を持った人をマッチングする能力です。こうした能力のある組織を全国に増やしていきたいと考えています。

ニーズへの機動的な対応

現状では賃労働にできそうな仕事でも、ボランティアで行われてしまっている場面があります。キャッシュ・フォー・ワークは、災害後に民間企業にはできず、行政が人手不足で対応しきれない仕事という賃労働になりづらい隙間の部分を埋めるような活動を担うことが期待されます。例えば現在、避難所の運営は自治体職員が一手に引き受けていて、賃労働が発生する隙間がありませんが、そうしたところにキャッシュ・フォー・ワークで雇用を創出していくことが考えられます。

雇用調整助成金が、雇用を保全するための政策である一方、キャッシュ・フォー・ワークは災害後に生まれる仕事のニーズに人を充てることのできる政策であり、新しい社会的価値を生み出すことができます。社会的に生まれる新しいニーズに機動的に対応するためにも、国や自治体がそうした財源を持つべきだと考えています。具体的には災害救助法の中にキャッシュ・フォー・ワークを位置づけて財源を確保すべきだと考えています。

キャッシュ・フォー・ワークは、被災した人たちに災害復興に積極的にかかわってもらうことで、被災者を物心両面で支えるという復興支援策です。被災した人自身が復興において役割を果たすことが大事だという理解を広め、そうした活動を担える支援団体を各地に増やしていきたいと考えています。

労働組合にとっては、これまで勤めてきた企業での雇用を維持することが運動の中心だったと思いますが、これからは個別企業での雇用維持だけにとらわれず、広い意味で雇用を守るという観点からキャッシュ・フォー・ワークに目を向けてほしいと思います。

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